ノベルゲームにおける立ち絵と一枚絵の表現

概要

一般的なノベルゲームでは、立ち絵(+背景)と一枚絵と、グラフィックが2パターンに分かれている。そのことで何を表現できるのかを探っていきたい。

ジャンル独自の要素

まず最初に、問題意識が分かりにくいかもしれないので、立ち絵と一枚絵に注目する動機を説明しておく。

たとえば、アニメなら絵が動くことが、そのジャンル独自の要素であると、言うまでもなく理解されているだろう。では、そのジャンル固有の特徴を、ノベルゲームで言うと何だろうか?

ノベルゲームにおいて、マルチメディアとマルチシナリオは、まず大きな特徴だ。さらにグラフィックに注目すると、立ち絵と一枚絵という表現形式は独自だろう。

つまり、立ち絵や一枚絵は、アニメの動画や、マンガのコマに相当する、と私は捉えている。表現の中心的な構造だから注目するのだ。

しかし、ノベルゲームを巡る言説では、シナリオの分岐システムほど、立ち絵と一枚絵に言及されない。

そこで、立ち絵と一枚絵に焦点を合わせて、ノベルゲームの表現論を展開しよう。

時間と空間の表象

立ち絵と一枚絵の表現は、時間と空間の表象でもある。というと、大げさに聞こえるかもしれないが、アニメが動きで、マンガがコマで、時間や空間を表象するのと同じことだ。

たとえば、通常のノベルゲームで、キャラクターの立ち絵は、常に手前を向いている。背中を見せた立ち絵はめったにない。

しかし、現実の世界では、常にこちらを向いているわけがない。これは、ファミコンソフト・初代『ドラゴンクエスト』で、勇者が常に手前を向いて歩くような、表現上の約束事だ。

あるいは、キャラクターの立ち絵は、表情が一瞬で変化する。だがもちろん、現実ではそのようにならない。これも約束事だ。

そのように、ノベルゲームのグラフィックは、空間や時間をデフォルメして描く。いわゆる「Kanon問題」*1と異なり、物語に関係ないため意識されにくいが、じつはこれも時空の問題である。

何が表現できないのか

では、空間や時間をデフォルメすると、何が表現できるようになるのか。だがその前に、何が表現できないかを示そう。

たとえば、立ち絵だけでは、大勢が集まったシーンを表現できない。マンガやアニメなら、引きの絵で全員描ける。ただこれは、一枚絵で描けば済む。

しかしさらに、モブシーンで大勢のキャラクターがバラバラに動くのは、アニメでないと難しい*2

あるいは、激しいアクションや、表情が少しずつ変わる、といった表現にも向かない。ノベルゲームのグラフィックは、微妙な細部の描写が苦手だ。

何が表現できるのか

そのかわり、尺が決まっているアニメと異なり、ノベルゲームは圧倒的なボリュームで日常を描ける。そしてまた、日常から非日常への移行もしやすい。

そこに、立ち絵と一枚絵の特性が関わってくる。一枚絵は使える場面が限られるので、なるべく後半に取っておき、序中盤は立ち絵を中心に進めることになるだろう。

立ち絵は表情が決まっており、しかも繰り返し表示されることでプレイヤーの記憶に残るため、絵と文章のずれを利用しやすい。常にこちらを向いている安心感や、表情が瞬間的に変わる落差も、笑いに有利な要素だろう*3

そういったこともあり、恋愛系エロゲの序中盤では、掛け合い漫才のようなやり取りをして、笑いを取るのが定跡的な展開だ。

そして、終盤からは、泣きに転じる。感動させる場面では、新しい一枚絵を使いたい。というのも、マンガのタチキリ的な大きい絵の効果と、初めて見る絵の効果が、感動の体験につながるからだ。

つまり、立ち絵で笑い、一枚絵で泣き、という使い分けがよくなされる。立ち絵の日常から、一枚絵の非日常へ、というノベルゲーム独特の方法論だ。

Angel Beats!』と『AIR

Keyのシナリオライター麻枝准氏が原作・脚本を手がけた『Angel Beats!』には、バトルシーンやライブシーンが登場する。

麻枝自身が「静」から「動」へという転換を語る*4ように、アニメが得意とする表現を意識的に用いているようだ。

逆に言うと、『AIR』はノベルゲームならではの描き方をしている。たとえば、美凪ルートに出てくる、みちるという少女を例に取ろう。

みちるの立ち絵では、吹いているシャボン玉が割れたり、叩かれたりして驚く絵*5があり、笑いの意識がある。対して一枚絵では、泣きの意識が強い。

AIR』は、最初から泣きの演出ばかりではない。序盤では笑いの演出が多い。それでも、「泣きゲ」と呼ばれ、「笑いゲ」と呼ばれないのは、シナリオはもちろん、一枚絵の力も大きいのではないか。

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Angel Beats! 1 【完全生産限定版】 [Blu-ray]

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Angel Beats! -Track ZERO-

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*1:あるヒロインを助けると、別のヒロインが不幸になる問題

*2:逆に言うと、ノベルゲームにアニメーションを導入すればできる

*3:逆にもし、後ろを向いていたり、じわじわ表情が変化する立ち絵を使うなら、コメディよりホラーの方が向くのではないか

*4:Angel Beats!』特別番組のインタビューから

*5:しかし、後でシャボン玉が吹けるようになるシーンは、泣きだ。ちなみに、シャボン玉というモチーフは、彼女の設定に合っている。童謡『シャボン玉』の歌詞のように、失われやすいものの情感を感じる