マイホーム時代から借りぐらし時代へ

概要

年収や損得だけではない! 借り家か、持ち家か、はどんな基準で決めるのか?

 借り家か、持ち家か、昔から続く議論であり、人生の重要事項です。それについて前回、上記の記事を書きました。一言でまとめると、ローンを返済できなければ、持ち家の得は吹っ飛ぶので「返済能力」が重要、だから持ち家が持てるのはリスクも持てる人だ、という主旨の話をしました。

 すると、読者の方はこう思うかもしれません。「たしかに非正規雇用では厳しいだろうが、正社員なら家を持てるはず」と。たしかに、金融機関が融資するかどうかの基準でもあるので、正社員かどうかはひとつの大きな基準ではあります。

 しかし、これからの時代は正社員でもマイホームを持つのが難しくなってくるのではないかと考えます。

 これに違和感を覚える読者の方も多いだろうと思うので、以下で説明していきましょう。

賃金の減少

【7割が万年平社員という時代】年収500万円は夢のまた夢!?

生涯賃金は90年代以降右肩下がり。大手企業ですら3.5億円から2.5億円と1億円も減っています。
(……中略……)
 7割は平社員で会社員生活を終えることになるでしょう」

実はけっこう狭き門…「管理職」比率11%の現実

厚生労働省『賃金構造基本統計調査(09年)』によれば、
従業員規模が1000人以上の大企業の場合、全社員(役員を除く)の82.2%が平社員。
6.8%が係長、8.0%が課長、3.0%が部長となっている。
(……中略……)
管理職比率はわずか11%ということになる。

年収階層分布図 - 年収ラボ

全給与所得者に対する年収300万円以下の割合は、男女計で40.9%(※平成25年12月31日現在)


 まず、昔の正社員と今の正社員では違います。引用や引用先を見るだけで分かると思いますが、生涯年収で何千万円か平均賃金が下がっているので、正社員だとしても持ち家を購入する額はまるまる消えてしまっています。

 しかも、それだけではありません。

社会保障給付の減少

広がる世代間格差――次世代の声をどう政治に届けるか

 これによると、60歳以上の世代の純負担はマイナスで、約4000万円の得(受益超過)、50歳代は約990万円の得(受益超過)がある。それに対して、それ以降の世代の純負担はプラスで、将来世代は約8300万円の損(支払い超過)となっている。

 したがって、60歳以上の世代と将来世代とのあいだには、差し引き1億2000万円以上の世代間格差が生じていることになる。

 少子高齢化による人口減少によって社会保障が減っていくのは確実ですから、その蓄えを作るぶんやはり何千万円も減っています。

 賃金減少、社会保障も減少、というダブルパンチで、ざっくばらんに言うとマイホームふたつぶんくらい生涯資産が減っています。

 しかしなお、「小さくて不便な立地の物件になるのをガマンすれば、身のたけにあった家なら買えるのではないか」、という意見があるかもしれません。これについては、すこし別の角度から考えていきます。

増税のリスク

消費再増税、延期確定=「景気条項」削除−税制改正法が成立

2015年度税制改正関連法が31日の参院本会議で可決、成立した。15年10月に予定していた消費税率10%への引き上げを1年半延期し、17年4月とすることが確定。「景気条項」を削除し、景気情勢次第でさらに先送りできなくなる。

消費税30%にしないと… 「国の借金減らすには」試算

国の借金を減らすためにどれだけ歳入を増やしたり歳出を減らしたりする必要があるかという試算をまとめた。
(……中略……)
消費増税によって歳入を増やすだけで達成しようとすると、消費税率を30%近くまで引き上げなければならない計算だ。

 2017年に消費税が10%になることがすでに確定しています。しかし、そこでずっと据えおかれるかどうかは分かりません。国の借金が破たんしないように減らすのに、消費税増税だけで対応すると30%まで引き上げる必要がある、という試算もあります。今まで上がってきたのだから、これからも上がるだろうという予測は自然でしょう。

 もちろん、これは消費税増税の是非とは別です。消費税ではなく別の税を上げるとか、歳出を削減するとか、別の方法もあります。しかし、「上がったら困るから、上がらないだろう」などと、希望的観測をするわけにはいきません。とりわけ、ローンを組むような人は甘い見通しを立てれば、そのまま返済が破たんするリスクに直結してしまいます。

 本当に増税されるかどうかは分かりませんし、されるとしてもその時期は予想できません。しかし、国の借金が約千兆円、一人あたり約800万円なのだから、それがいつかは税金に転嫁されるだろう、ということは分かります。国債をどうすべきかは別の議論ですが、ごくかんたんにいうと、住宅ローン以外に800万円の税金で払う形の借金を背負わされている状態です。

 細かい数字を出すのが目的ではないので単純な話にしますが、かりに消費税が10%から20%に上がって年30万円よけいにかかるとしましょう。すると、35年で1,050万円です。ローン返済額の1千万円ぶんくらいは、増税でかんたんに吹っ飛んでしまいます。

 もしかすると、「負担が増える話はさっきも言った」と思われるかもしれませんが、資金の大小の話とリスクの高低の話は微妙に違います。さっきは資金が少ないという話だったので、そのぶん家を小さくすれば済みます。しかし、買ってしまってから増税されると、まるで身動きが取れません。

 前回も説明しましたが、年収が高いか低いかと、リスクが高いか低いかは、別のモノサシです。

 購入時点で発生していない資産減少は、返済不可能になるリスクを高めます。持ち家は自分のものになるから得だ、という議論がありますが、かりに得するとしてもそれは、借金して長期返済すること自体のリスクと引き替えです。そして、増税の可能性はそのリスクを高めると。増税だけでなく、賃金が今よりもっと下がるとか、社会保障がもっと下がるとかでも、返済破たんのリスクは高まります。

 ここで借り家の場合、増税が確定した時点で、居住ランクを落として引っ越しすれば破たんしません。賃貸は家賃に硬直性がなく、したがってリスクが低い。収入と支出に合わせて伸び縮みできる。だから、今のような不確実な時代に向いていると考えます。

 ところで、家を買おうとすると消費税が建物にかかる*1ので、増税前にかけ込みで家を買うかどうか、といった不動産関連の記事を見かけますね。消費税5%から8%のときも見ましたし、8%から10%のときにも出るでしょう。

 しかし、それでたとえ数十万円が得になったとしても小さな問題で、かけ込みのあとでさらに増税されて、返済が破たんするリスクを見ないのでは、木を見て森を見ずになります。

 さて、今まで購入に不利な面を借り家視点で話してきましたが、持ち家の良いところもあるはず、という不満があるかもしれません。そこで次は、どういう状況なら持ち家が良いのか、良かったのか、という話をします。

昭和マイホーム時代から平成借りぐらし時代へ

マイホームという名の不動産投資

 一昔前、高度経済成長の時代はマイホームの時代だったのでしょう。人口が増え、給料が上がり、土地も上がり、と上り坂の時代でした。だから、家を買うことに意味があった。

 持ち家は借り家と違って不動産投資の側面がありますが、ふつうの人にとって唯一最大の投資だった。終身雇用で年功序列なので、返済が滞るリスクも少なくとも今よりは低い。だから、住み続けて返済し続けるだけで、土地建物が自分のものになる、というのは魅力的だった。

 今の時代のように投資とか副業は意識されていなかったでしょうが、マイホームを買って住むだけで投資や副業を兼ねられました。それはどういうことかといえば、「自分は賃貸に住んで、ローンで購入した物件を1件だけ他人に貸す大家」を想像してみれば分かります。

 この大家さんの収入は家賃で相殺されますから、それだけで生活できません。ローンを払い終わったら、土地建物が自分のものになる、というだけの投資です。その土地建物の価値が何千万円かはともかく、半生をかけて取得するので、生涯賃金からしたら副業レベルにとどまるでしょう。しかしそれでもやはり、不動産投資家ではあります。不動産を持っていて不動産収入があるのだから。

 さて、この大家は、賃貸に住まず購入物件に自分で住んでも、家賃が相殺されるだけでだいたい同じですから、不動産投資家のままだと考えることもできます*2。自分で住めば空室がなく*3、連絡・交渉のような手間もないので合理的です。

 つまり、「マイホームという名の不動産投資」が魅力的な時代だったと。逆にいうと、今の時代に投資とか副業とかが流行しているのは、若年層がこのマイホームへの大きな投資ができずに、小さな投資に分散させていると見ることができます。

 だからたとえば、昔の人間は欲がなく清く正しく生きていたとか、今の人間が頭が良くて金融リテラシーが高いとか、というよくあるステレオタイプにはちょっと疑問があります。人間はそんなに変わっておらず、社会構造が変化したのではないでしょうか。

時代に合っていたマイホーム

 生活者の視点からも見てみましょう。その頃イメージされていた家族構成は、結婚して子供をもうけて四人家族。出かけるのにマイカーも欲しい。そうすると、マイホームはきわめて便利です。借り家、とくに集合住宅では駐車場代もかかる。子供が暴れて部屋を傷つけたりしたら、大家に弁償。子供がうるさいと隣に迷惑で気をつかう。などなど。

 だから、日本人の土地神話や持ち家信仰も大きいと思いますが、それを差し引いても、経済的な下部構造にも合っていたと考えます。つまり、昔はマイホームが時代にピッタリ合っていた。

 もちろん、みんながみんな、マイホームを持てたわけでもありません。「一億総中流」というのは幻想かもしれません。でも少なくとも、「いつかはマイホームを」というジャパニーズドリームの物語を共有してはいたでしょう。

 でも、さすがに今は時代に合わない。これから人口減少で下り坂の時代ですから、給料が減り、土地も余って下がっています。今までの常識が通用しない、鏡の国に入っていきます。

 団塊の世代くらいまではマイホームが常識でしょうから、部下に「マイホームの一軒も建てないと一人前とは言えない」などと言うでしょうが、若い人がそれを真に受けると、大変な苦労が待っているのではないかと思います。

これからの時代は正社員でもマイホームを持つのが難しい

世代別の持ち家と借家の割合をグラフ化してみる(2015年)

「若年層の持ち家取得が年々難しくなっている」と結論付けられる。

 前回の記事では、持ち家と借り家の差そのものの考察と、家主が家を持つための個人的な条件を取り上げました。今回の記事では、賃金状況や社会保障、マイホーム時代との社会構造の違いを振り返ってきたように、社会的な条件に注目しました。

 ここで実際、若年層の持ち家取得率が落ちているという、上記データの裏付けがあります。やはり、家を持つのが難しくなってきている、という実感に沿っています。

 もちろん、持ち家率そのものは過半数なので、まだまだ持ち家が主流ですが、その内訳は上で見るように少子高齢化している。おそらく未婚化の上昇と同じ話で、これから何十年もかかってじわじわ進行していくだろうと予測しています。

 これからの時代は正社員でもマイホームを持つのが難しい。

 もちろん、管理職なら持てるとか、大企業の正社員なら持てるとか、公務員なら持てるとか、持てる人はいつの時代もいるでしょう。しかし持たざる人が増え、昔よりハードルは上がっていくことでしょう。

 これは面白くない結論かもしれませんが、不都合であっても真実だから仕様がありません。あるいは住宅販売の営業マンとか、もっと都合の良いことを言ってくれるかもしれませんが、それをうのみにするとまず大変な目に合うでしょう。

土地が余るから取得できるのではないか?

 しかしまあ、ただ家が持てない、持てない、というのでは面白くないので、持ち家派の視点から少しだけ見てみましょう。

 もしかしたら、立場が首尾一貫しないように思われるかもしれませんが、持ち家でも借り家でも、自分が得だと思うほうを選択すればよいのであって、敵味方のような両立しない立場とは違います。だからもちろん、借り家で様子を見ながら、チャンスがあれば持ち家に乗り換える、というのは裏切りだからダメ、とかいうつもりもないのです。

 誤解しないようにあえていえば、まじめに働いても家が持てない、とかローン破たんする社会(問題)が敵なのであって、借り家派と持ち家派が敵同士、ということではないのです。

 さて、持ち家派の視点から見ると、こうも考えられます。人口減少で土地が余ってくるのだから、いずれ買えるはずではないかと。読者の方も、シンプルで説得力があると感じられるかもしれません。

 これについては紙幅の都合で、かんたんにいくつかの要点だけ述べます。

 ひとつ目は、賃金の減少幅が地価の減少を上回る可能性があるということ。これは抽象的に聞こえるかもしれませんが、具体的にはたとえば、大量の移民受け入れで労働人口を増加させたら、賃金は下がっても土地は余らないでしょう。

 ふたつ目は、価格の問題とリスクの問題は違うということ。収入が多くてもクレジットカードを作れない人がいるように、非正規だからローンを組めないという人もいるでしょう。

 みっつ目は、労働者の収入がみんな横並びで少しずつ減って、土地価格の減少と釣り合うとはかならずしも限らないということ。格差が進行して富が二極化すれば、石油成金は豪邸に住み、大部分はスラムに住む、という極端なバランスも考えられます。

 よっつ目は、チキンレース状態になるかもしれないということ。土地が上がった時代に先を争って買ったのと逆に、待てば待つほど後発が有利なので、できるだけガマンして取得を遅らせようとする。結果として時機を逃してあぶれる人も出てくるかもしれない。これは晩婚化と未婚化が並行して進行する現象のようなイメージでしょうか。

21世紀になっても土地にこだわり続ける必要はあるのか?

 四つの論点を述べましたが、土地余りで取得しやすくなる状況が想定できないわけではありません。

 またそうでないとしても、昔よりマイホーム取得が難しいというだけであって、頑張ればできないわけでもないでしょう。多くの物件を探して、金利の変化や増税のシミュレーションをたくさんして綿密な資金計画を立て、給料の多くをローン返済に注ぎ込んで、そのぶん節約生活して……、と労力をかければできるのでしょう。

 しかし、そこまでしてこだわる必要がない、という側面もあると思います。若年層から見れば住宅は住む手段でしかなく、マイホーム取得が人生の目的になるのは、倒錯しているように思えるかもしれません。なぜそうなったのか?

 たとえば、ライフスタイルが昔から変化して、結婚しないとか子供がいないとかであれば、狭い賃貸でも十分ということになります。労働環境も変化して、企業が海外に展開するようになり、一生日本で働き続けられるとは限らない。それに、災害が起きたりして、ひとつの土地に固執することが安心につながらなく思える。

 またたとえば、地域共同体が衰退しています。地元はシャッター街のため、買い物は車で大規模SCまで、という環境では土地にこだわる意味が薄いように思えます。しかも、大規模SCが撤退した後は不便になってしまう。そんなこんなで、一生そこに住むつもりなら、一生車の運転が必要になる。

 それから相反するようですが、昔と違う生活環境としてインターネットがあるので、外出しなくてもかなりの用が足せるようになりました。たとえば、レンタルビデオ店まで行かなくても、動画配信サイトで映画は見られるとか。これはコンビニや家電の普及で家事が楽になり、未婚化が進んでいるという現象と並行して進んでいるように思われます。

 そのように、なにがなんでも土地や持ち家に一所懸命にこだわったところで、そこまで報われないのではないかと思われます。リスクを抱えてまで家を持つメリットと動機が減ったことも、今の時代のひとつの「難しさ」なのだと思います。

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*1:売主が課税事業者だった場合に転嫁する

*2:前回述べたように帰属家賃の考え方がある

*3:この空室の話は、コメント欄でご指摘を受けて納得したので、説明に使わせてもらいました