なぜ『東方』の同人誌はエロが少ないのか?

概要

同人市場の一般・成年向け比較 - 萌え理論Blog

前エントリで、『東方Project』の二次創作同人誌が、全体数で一番多いのに、18禁比率が極端に少ない、という特異性が明らかになった。それでは、なぜ『東方』の同人誌はエロが少ないのか?

『東方』自体の隆盛はもちろん知っていたが、ここまで東方が健全で強いという現象は、見落としていた*1ことを認めざるをえない。同人界全体の話はひとまずおき、この問題を考えてみたい。

前提

最初に、『東方』の二次創作・同人誌には、一般向けが多いという前提を確認しておく。

現在、同人ショップ「とらのあな」のWebサイトに登録されている同人誌を「東方」で検索すると、全体の8697件中、7455件が一般向けで、1242件が成人向けになる*2

つまり、東方では全体の一割強程度しか18禁がない。前回調べたように平均して44%の同人誌が成年向けだったのに対して、東方は成年向けの比率が非常に少ないことが分かる。しかも、全体の取り扱い数がトップクラスに多く、特異なデータを示している。

ここまでの考察で、同人ショップではイベント売りよりも、18禁比率が上がると推測した。その同人ショップで比率が少ないのだから、本当に少ない。ここまでは確認である。

仮説

それでは「なぜ『東方』の同人誌はエロが少ないのか?」という問いに答えを出そう。

東方同人界においては、エロいのじゃなくてヤオいのが魅力なんじゃないか、というのが私の説である。すなわち、東方同人誌においては、男性版やおい、すなわち女性キャラクター同士の同性愛的友情が主眼になっている、という説にほかならない。

これには異論もあるだろう。たとえば、「東方同人に(ガチ)百合はそんなに多くない」という反論が考えられる。しかし、ニコニコ動画で流行した「本格的ガチムチパンツレスリング」のごとき(ガチ)ホモと、通常のやおいでは、ジャンルが明確に異なるだろう。そのように、ガチ百合ではなくユル百合の萌えだと捉えている。

ユル百合とは何なのか。ここでの定義は、女性キャラクター同士における友情以上・恋愛未満の関係性、としておく。恋愛にまでは発展しないが、友情以上の何かがある(と読者が想像する)、というものなので恋愛・性愛描写が必要なく、特にやおいのように読者が積極的に補完すれば、何でもないようなシーンが欲望の対象になる。

これが分かりにくければ、具体的に他作品を挙げよう。たとえば、『らき☆すた』もユル百合が魅力の作品だと捉えている。こなたとかがみの関係、いわゆる「こな×かが」は、別にエロが絡まなくても、二人の関係性自体が魅力的なのだ。

男性のGL・百合ジャンルは女性のBL・やおいほど隆盛していない。やおいに関しては性別非対称で、男女では欲望の方向性が違う、というのが通説*3で、私もそうだろうと思っていた。が、東方とらきすたの人気を見るに、実は意外と性別を超える余地はあるのではないか。

ユル百合、もしくは男性版やおいが、同人誌の需給を生み出す力になっているのであれば、エロの比率が下がるのは分かりやすい。無理にエロを入れると、女性キャラ同士の関係性が損なわれてしまうからだ。じっさい、前エントリでは『マリみて』も東方同様に成年向け比率が低かった。

ここで、恋愛にまで発展しないゆるやかな百合という点で、『マリみて』とはやや異なるが、「やおいはガチエロが少ない」のだという意見をそのまま流用できる。やおいで必ずしもエロが必要ないように、東方も百合萌えが原動力で、エロが必要でないとすれば、東方同人の健全力が説明できる。

解説・東方同人のGL特性

ここまでで終わっても構わないが、東方だけが特異に健全率が高かったという話なので、東方のユル百合に向く条件を検討してみよう。まず、GLに関連して重要な東方の特徴を、以下のように整理する。

  1. 女性キャラクター同士の友情以上・恋愛未満の関係性
  2. 女性キャラクターが豊富で、かつ、男性主人公が不在
  3. 女性キャラクター達が幼い外見で、戦闘美少女である
  4. ファンタジックな世界観で、キャラクターが過剰装飾

1の女性キャラ同士の同性愛的友情は、男性版やおい、それもユル百合の成立条件になる。それが作品全体に広がるためには、2が必要になる。

2の女性キャラが多いのは百合でカップリングを作るための当然の条件だが、それは男性主人公の不在とセットになっていないといけない。というのは、単に女性キャラが多いだけでは、男性キャラが中心化するハーレムもの(の二次創作)になりやすいからだ。もちろん、東方には男性キャラ(森近霖之助)もいるが、ハーレムものの主人公ほどの存在感はない。

3のキャラクターの幼さ*4は、百合に必須というほどではないが、自意識の弱さがユル百合に向く。じっさい、幼児であれば男女を意識しないのは自然だろう。これが年齢が高くなると、異性愛か同性愛かどちらかに振り分けられ、「友情以上・恋愛未満」の境界に留まるのが難しくなる。

さらに、それが戦闘美少女*5とセットになっていることも重要だ。というのは、単に幼いだけだと、ロリジャンルで二次創作が描かれやすくなる。そのため、キャラクターが(異性への依存から)自立していることが求められる。そのことによって、ロリ百合によるユル百合が成立する。

4のファンタジー世界観は、これも必須ではないが、現実の力学から隔てるのに一役買う。「年頃になれば恋人ができたり結婚したりする」というような常識の圧力が低く、やはり「友情以上・恋愛未満」の境界に留まりやすい。かつ、ファンタジーであれば、衣装の過剰な装飾も不自然ではない。

ではなぜ、過剰な装飾が百合と関係あるのかと言えば、女性性の強調という意味がある。これは対照となる、男性同性愛での男性性の強調を考えれば分かりやすい。ガチムチもスーツもアゴが鋭いのも*6、男性性の強調表現になっているだろう。

ところで、少し前に流行した、東方の「ゆっくり」キャラ(「ゆっくりしていってね」と言う丸っこい顔)は、東方同人界のユルさを象徴している*7。これは、ユル百合が、男性向けのどぎついエロよりも、むしろ幼児的に退行した萌えの世界を指向していることの現れと見ている。

*1:東方同人は「触手」が強いイメージがあったので、まさかここまで少ないとは思っていなかった

*2:在庫なしを含む現在時点の数字。なお、こちらの方がより正確なので、「ジャンル」で詳細検索した数字に修正したが、やはり18禁の比率は少ない。数字が前エントリと異なるのは、前回が過去の調査のため。

*3:たとえば斎藤環やおいに関する見解

*4:特に、ニコ動での東方二次創作は「つるぺったん」などで幼さを強調している。ここで、幼いというのは、外見のみで判断した幼さで構わず、設定の年齢は萌えには関係ない。例えば、稗田阿求が転生していて、実質的な年齢が高いといった事情はほとんど関係ない

*5:シューティングだから戦闘だが、同人誌ではただ喋っていることも多いだろう。常に戦闘していなくても、可能性としてあるだけで構わない

*6:もちろん、女性キャラクターもスーツを着たりアゴが鋭かったりするが、それは男性性が部分的に与えられて、キャラクターに中性的魅力を生じさせる、ということ

*7:ちなみに、これと似た位置づけのキャラとしては、『らき☆すた』に対する『ぶーぶー かがぶー』(えれっと)が挙げられる