年収や損得だけではない! 借り家か、持ち家か、はどんな基準で決めるのか?

概要

 借り家か、持ち家か、は人生を左右しかねない選択であり、昔から続いている議論です。ここでは、不動産関連のサイトでよく見かける、コスト比較をしてどちらが得かとか、年収と物件から月々ローン返済額を計算するとか、そういうことではなく、むしろそういう既存の議論に不信感を持つ、ユーザ視点から意見を述べてみたいと思います。

 年収とか損得とかだけで決めてはいけない、ということです。なぜでしょうか?

帰属家賃

 そもそも、持ち家と借り家は何が違うのでしょうか? なおここでは、一戸建てかマンションかは問題にせず、購入と賃貸の違いを見ていきます。

 話をかんたんにするため、聞き慣れない経済用語ですが、「帰属家賃」という考え方を適用して、分かりやすく式変形してみましょう。帰属家賃というのは、あくまで説明上のバーチャルなもの*1ですが、持ち家の家主も自分自身に物件を貸していると仮想的に考えることです。

 借り手も貸し手も自分。だから、家賃を払うと同時にもらうので、その部分はプラス・マイナス・ゼロです。逆に言うとゼロだから、借り手と貸し手に分けても同じことで、何も問題ないわけです。すると……

 借り家 = 家賃を大家に払って賃貸に住む

 持ち家 = 不動産購入とローンの返済と家賃収入(大家役)
     + 家賃を大家に払って賃貸に住む
 持ち家 − 借り家 = 不動産購入とローンの返済と家賃収入(大家役)

 上で整理したように、家賃を払って賃貸に住む部分は両方とも共通です。両方とも払ってるし住んでいますが、所有権を持っているかいないか、家賃を大家に毎月払うか、銀行に利子を含めて払うかの違いです。だから、両者の差に注目すると、不動産購入と金利を含めたローン返済、という部分が残ります。※*2

 この残った差は何かというと、土地建物の所有と家賃によるプラスと、ローン返済のマイナスのどちかが大きいかどうかが、借り家より得かどうかということです。それは地価や金利の変動などの条件によって、どちらの場合もありえます。不動産の専門家の間でも意見が分かれているのだから、どちらか一方だけ正しいということもないでしょう。

 そしてここで「金利付きの借金と不動産の所有権の有無」、つまり「負債と所有」という形態を取るかどうか、かんたんに言いかえれば、大家役になって不動産投資をするかどうかが、購入と賃貸の差の本質です。

 物件の立地や築年数がどうのこうの、という細かい点を見る前に、そもそもこの借金をしてまで不動産投資することを選択することについて考えていきましょう。後で見ていきますが、「負債と所有」というのは、20年とか30年とか時間的に長く関わるので、そこにリスクが生じます。

 ここで読者の方は、「借金」と「投資」という言葉に違和感を覚えるかもしれませんが、むしろ借金でも投資でもないと思うこと自体にリスクがあると思います。何を買っても借金は借金です。返す必要があるものは負債です。一方、投資も投資です。

 高度経済成長時代くらいから形成されてきた「夢のマイホーム」「一国一城の主」という日本人におなじみの価値観はよく分かります。が、投資家をのぞいた普通の人は「大金を借金して投資する」ということを、不動産以外でまずしないと思います。その部分を冷静に見つめる必要があります。

 またもちろん、「定期借地権」のような第三の選択肢もありえますが、あまり枝葉の議論には深入りしないようします。返済シミュレーション的なよくある記事と差別化するのが本記事のポイントなので、とにかく話をシンプルに進めていきましょう。

 それから、私自身は借り家派の視点でこの記事を進めていきますが、それは説明が分かりやすくなるからであって、借り家という選択の結果を読者に押しつけたいのではありません。

 むしろ、持ち家派の人がどういうリスクがあるのかを考えるのに、思考の過程が役に立てば幸いです。不動産は大きな買い物で、普通の人はそう何回も買い直せません。だから、持ち家派は購入の落とし穴を、借り家派の何倍も考える必要があると思います。

金利と投資機会

 持ち家と借り家でシミュレーションをすると、思いっきり大ざっぱに言えば、どっちもだいたい同じになります。というか、そういう記事は最初から同じになるような条件の物件を想定して比較しています。

 さらにいえば、ここでは「こっちのほうが百万円得です」みたいなことが言いたいのではないのです。それは物件選びとかコストに何を含めるかとか、シミュレーションのさじ加減で、かんたんにひっくり返せるから。そうではなくて、損得は同じという前提でも、どうしても異なってきてしまう、差異の部分だけをここで考えたいのです。

 さてそこで、シミュレーションの額面的な損得は同じだとしても、35年後とか遠い将来に物件が残ったぶん得だというのが、持ち家派の理屈です。「同じ家賃を払うなら、物件が残るぶん得」「借り家賃は捨て家賃」はよく聞く持ち家派の決まり文句ですね。ただし、この「得」はそのまま結論になりません。なぜか?

 ひとつには、借り家派はローンの金利を銀行などに取られないので、そのぶん何らかの投資をし続けて増えたぶんで、35年後とか遠い未来に物件を買えば同じだろうということです。それは株やFXで派手に大もうけする、といった話ではありません。年数%の利益が出せればいいので、たとえば株の配当や優待(による生活費の節約)とかでもいいですし、金利しだいではたんなる貯金でもいいと思います。

 というのもたとえば、35年後には4000万円が800万円とか、もっと悪くすると上物代ゼロとか、建物の価値は減価償却的に下がっていきます。また建て直しやリフォームや固定資産税の費用が引かれます。

 つまり、持ち家の資産はだんだん小さくなっていき、借り家の貯金もだんだん大きくなっていく。だからさかのぼって、将来を見越した「割引現在価値」で考えたとき、両者の選択肢はそんなに違わないだろうということです。

 ただ、持ち家派の言い分としては、リフォーム費とかどんな費用があろうとも、「費用は家賃に織り込み済みのはず」「損をしないよう、借り家より必ずプラスになるように、家賃を設定しているだろう」、というのがあります。現実の大家さんは税金対策で不動産を持っていたりして、かならずしもそれが成立するわけではありませんが、考え方としては分かりやすいです。

 そこで、借り家よりプラスになるような持ち家物件があるとしましょう。しかし……

リスクプレミアム

 もうひとつ、持ち家の「得」は、「リスクプレミアム」との引き替えで成立していることを見落としてはいけません。

 リスクプレミアムというのは、リスクのある投資対象とそうでない対象の間での期待収益率の差です。ようは、それがなければ、リスクのあるぶん買われないだろうから、損する可能性に対する見返りをつけようということです。

 リスクとして考えられるのは、いろいろあるでしょう。たとえば、震災や津波などの自然災害、原発事故とか。しかし、それらはコントロール不可能だし予測も不確実です。心配したからといって解決できない。

 そこで、もう少し予測可能性の高い、あるいは個人によって条件の違う要因を見てみましょう。

少子化による下落

 ひとつは、物件の価値が保てるかどうかです。少子化による人口減少で相場崩壊を起こして値下がりしたときに、持ち家はローンで身動きが取れませんが、借り家だとその時点で持ち家に乗り換えられる可能性があります。逆に持ち家から借り家側へと動くのは、損をしないでは難しいです。

 もちろん、不動産価格が上がる可能性というのもあります。しかし、人口減少は確定的要素で、子供は急に増やせないものなので、上がるか下がるかの二択なら、下がる可能性のほうが強いと見ています。ただしたとえば、インフレになる場合、移民を受け入れて人口が増えた場合、土地や建築資材が不足した場合*3、その限りではありません。

 ただまあ、相場の予想は当たることも外れることもあるので、次のほうがより重要です。

ローンの返済能力

 もうひとつは、持ち家の買い主が借金を返済できるかどうかです。冒頭で言った年収とか損得だけで決めてはいけない、というのはこのことです。持ち家か借り家かの最重要の基準は「返済能力」だと考えています。

 かりに持ち家のほうが得なのだとしても、それは暗黙のうちに、返済完了できることが絶対条件になっています。新築不動産を購入した瞬間、新築から中古に変身して、評価額が何割か何百万円かは下がります。しかも、売買には仲介料のような費用があるので、ミニバブルでも起きない限り、途中で売って元を取り戻すのは難しいです。

 年収については、高いほうがリスクがあります。これについては、年収は高いほうがいいに決まっている、と違和感を覚えるかもしれません。同じ額の物件を購入するならそうですが、年収に見合った高額物件を買う場合は違います。

 年収が高いと失職した際に元の賃金を得るのが難しくなります。年収500万円の人が500万円の職に就職・転職するよりも、年収1,000万円の人が1,000万円の職に就職・転職するほうが難しいです。また一般的に不動産以外の出費や税金も高収入の人のほうが大きいです。

 物件もまた立地条件などにもよりますが、高いほうが売ったり貸したりするのも難しい。バブル崩壊で下落した不動産を振り返って見れば、高いほうが下落幅が大きいのも分かりやすいでしょう。

 ちょっと極端な例ですが、ヒルズ族のような金持ちたちが、月何十万円もする賃貸に住むのはなぜか*4と考えれば、年収とリスクは別のモノサシだと分かると思います。

 少なくとも、年収が高いほうがリスクが少ない、年収が高い低いで持ち家か借り家かが自動的に決まる、という考えは短絡的で危険です。まあ全額キャッシュで買えてローンがない物件なら低リスクですが。*5

 実際に住宅ローン破産する人が一定の割合(約2〜3%*6)いる以上、不確実な将来を予測するのは難しさが残ります。とくに変動金利のローンはリスクが高いです。

 終身雇用や正規雇用も崩壊した現在、年収が将来下がっていく可能性もあります。そうしたときに借り家派は、狭かったり駅から遠かったりで、より家賃の低い家に借り換えることができます。前述の災害時などの場合も、引っ越しで逃げられます。自由度が高いのでリスクに柔軟に対応できます。

 ようするに、借金することのリスクがあるのです。かりに持ち家のほうが100万円得だとしても、たとえば定期貯金の積み立てとか、なんらかの投資で同じ100万円が得られるなら、同じ100万円でも借金をせずリスクが低いぶん得だと思います。金額のように目に見える顕在的な得と、リスクのように潜在的な得があるので、分かりにくいのです。

賃貸派は老後をどうするのか?

 本筋の議論をしたかったので省きましたが、このほかの論点はもちろんたくさんあると思います。転勤とか家族構成の変化とか。あるいは、よく言われる「借り家は釘一本打てない」のような改築・内装の変更に対する自由度とか、庭があったりする住環境とか、地域における社会的ステータスやヒエラルキーとか。その共同幻想の根本にある持ち家信仰とか。

 全部話すとキリがないので、それらを網羅的には取り上げません。ここでは、今までの論点を補完するものをひとつだけ挙げてみましょう。借り家派の側にリスクがまったくないかといえば、「老後に借りられなくなる恐れ」が考慮できると思います。

 これについてひとつには、持ち家派の「建て替えができずに身動きが取れなくなる恐れ」と見合いなのではないかと思います。マンションの場合、住人の合意が取れるかなどの問題もあります。

 またひとつには、前述のように少子化の流れなのだから、いつかは「年寄りは面倒なので貸さない」という大家の対応が取れなくなって、貸さざるを得なくなってくるのではないか、と予想しています。

 さらにひとつ、借り家派はローンがないため金利が取られないので、「購入したと思って少しずつ貯金を積み立てる」ことによって、老後に家やマンションを買う選択肢もあると思います。かりに貸してくれないとしても、そのときにはじめて買うという戦略です。

 老後持ち家派のメリットは、ローンと違って返済でないので破産しないこと、家族構成からいって小さい家で済むこと、死ぬまでの逃げ切りで建て替えを想定しないで済むこと、年金暮らしであれば通勤が関係なくビジネス街から遠くても済むこと、などいろいろ考えられます。ひとことでまとめると、安く上がります。

持ち家か借り家か

 さて、最後にまとめ直しますと、持ち家か借り家かを分ける基準は、リスクを取れるかどうか、長期的な返済能力があるかどうかです。

 たとえば企業でも、キャッシュフローが回らなければ黒字倒産という可能性があります。ですから、損得よりもまず、先にそちらを考えるべきです。返せなければ得はかんたんに吹っ飛んでしまいます。

 そしてその際、たんに年収の高さだけでなく、それが持続可能なのかを想定する必要があります。年収は一年の単位ですが、返済は25年とか35年とか続くわけです。

 今からそれくらい前の時代はバブル期だと思いますが、その時代の投資家は「土地は上がり続ける」などと思っていたわけで、20〜30年先の将来を見通すのは難しさがあると思います。サブプライム住宅ローン危機だって、事前に予測できなかったから問題化したんだろうし。

 もちろん、将来の年収が下がったりだとか、リスクの想定は不快なのでしたくない。家を売りたい営業マンも商売だから言ってくれないでしょう。とにかくハンコを押させたい。あるいは、奥さんが返済について真剣に考えてくれないかもしれない。おもに近所づきあいとか子供のことを考えてるでしょう。しかしだからこそ、かならず自分で想定する必要があります。

 その際の基本方針を分かりやすくたとえると、不動産屋の売る立場でなく、金融業者の貸す立場で、自分を客観視するということです。クレジットカードを発行する基準が年収だけでないように、返済能力が持続可能かどうかを考えます。

 非正規雇用が増加したことで、ひとつの大きな目安としては、正社員かどうかがあるでしょうし、将来的にはそれが公務員かどうかなどに移ってくるかもしれません。

 しかし、その基準を深く考え出すと、どうしても不動産というより社会問題の領域になってくるので、この記事はここで終わりとさせていただきます。

付録:変動金利 VS 固定金利

 本文は借り家派の視点で進めてきましたが、もし自分が持ち家派に回った事態を想定して、とくにローンを組む場合の変動金利と固定金利について触れます。新たに一本エントリを立てるほどでもないので、この付録で解説しておきます。

 変動金利と固定金利をくらべると、変動金利のほうが得です。たとえば、返済額が月1万円安かったりします。しかし例によって、この得はリスクプレミアムによる得です。金利が変動するリスクの代償として、そのぶん安くなっているのです。

 変動金利は借り手がリスクを負い、固定金利は貸し手がリスクを負います。今までリスクが重要と力説してきたのだから、ここでとうぜん私は、リスクを負わない固定金利の側に立ちます。

 なぜそうすべきかのイメージとしては、「株は余裕資金で運用すべき」といったことと同じです。株が紙くずになる場面はよくありますから、「こんなに安くなるはずがない」などと勝手に決めつけるのは、それ自体がリスクです。

 もし、持ち家をローンで買おうという方がおられたら、金融機関の融資限度額ギリギリでローンを組んだり、変動金利で組んだりするのは、危ない橋を渡ることになります。

 そうではなく、返済にかなり余裕を持たせて、かつ固定金利で買うことをオススメします。買いたい家に返済額をギリギリまで合わせるのではなく、可能な返済ペースの枠の中で買いたい家を探すほうが安全です。

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*1:GDP帰属家賃が含まれていたりするので、これをどう解釈するかはいろいろあるでしょうが、ここでは説明のためだけのものです

*2:上の図式はコメントで指摘を受けて、何回か手を入れ直しました。もちろん、担保がどうとか、税金がどうとか、ほかにもいろいろありますが、シンプルに把握するために捨象しています

*3:土地の不足というのはたとえば原発事故とかが想定できます

*4:まあもちろん賃貸も購入もいるし、その理由もさまざまでしょうが、リスクリテラシーが高い、というのは想像しやすいでしょう

*5:たとえば、欠陥建築だった場合にまるまる損する場合があるので、全額購入といえどもゼロリスクではないですが

*6:数字がいくつかにはこだわりたくないですが、根拠は示しておきます。 http://blogos.com/article/86341/