美少女ゲームのヒロイン選択問題4

ヒロイン選択問題

ノベルゲーム、特にエロゲ、ギャルゲ、美少女ゲームで、「あるヒロインがプレイヤー/主人公に選ばれると、他のヒロインが幸福になれない問題(ヒロイン選択問題)」を考えていく。

関連するものに、いわゆる「Kanon問題」の先行議論がある。しかしここでは、作品に沿ったより詳細な議論を展開するのではなく、むしろ問題の全体像を示すための図式化に専念している。

前回、ヒロイン選択問題を回避する必要がないという考え方を、現実の反映やマルチシナリオの重視など4つ示した。

今回はさらに、ヒロイン選択問題を表現の可能性として、積極的に利用できないか検討してみたい。以下、その考え方を大きく4つに分けて提示しよう。

並列世界

ヒロイン選択問題は、ふつう主人公に意識されない。メタ視点でルート全体を俯瞰できる、プレイヤーだけが気付く問題だ。

しかし、分岐する並列世界を、主人公が明確に認識している、というメタフィクション的な世界観*1によって、主人公にも問題を意識させることもできる。

そのような状況で、主人公がヒロイン選択問題に直面して葛藤すると、選択問題はドラマの障害ではなくむしろ推進力になる。

その後の展開としては、選択問題を解決する方向なら、並列世界が収束して一本道になる、という流れがひとつあるだろう。

もし、単にヒロイン選択問題を回避するために、全員救済のベストエンドを付加しても、とってつけたような感じ*2になるかもしれない。だがこの場合なら、エンディングに至る流れがより自然になる。

ループ時空

メタフィクション的な仕掛けには、並列世界の他にも、ループ時空がある。ループの場合、分岐と一本道の両方の性格を合わせ持つ特徴がある。

そもそも、ヒロイン選択問題が意識されるのは、ノベルゲームが選択肢で分岐しても、同一世界の設定を共有している、と解釈する方が自然だからだろう。

それに対して、時間がループする場合、最初の場面から描き直せるため、設定の差異を示しやすい。ループ系作品では、ヒロインの状況を改めて説明し直せるため、ヒロイン選択問題をぶつけるにしろ避けるにしろ、意図的に構成しやすい

このループ設定を採用すると、分割して連載形式*3にもできる。そのため、エンディングでヒロイン選択問題を解決する期待感*4が高まる構成も可能だ。

サバイバル状況

無法な例外状態が発生し、そこで非道な生存競争を繰り広げる、という闘争のシチュエーション*5の作品があるとしよう。

そうしたサバイバル的設定では、あるヒロインが救われると別のヒロインが救われない、という状況にリアリティが生じる

そこでは、ヒロイン選択問題が、暗黙の約束事ではなく、作品の主題として明確に前景化する。「誰を救い、誰を救わない(救えない)か」は、プレイヤーに強く意識されるだろう*6

ちなみに、サバイバル状況は、恋愛系より陵辱系のエロゲに多い。そこではむしろ、ジャンルの性質上「誰を犠牲にし、誰を犠牲にしないか」という形になりやすい。これはヒロイン選択問題の裏返しだと捉えられるだろう。

RPGなど他ジャンル

選択問題を美少女ヒロインに限定せず、「誰かを救うことで、別の誰かが救われない」というレベルまで抽象化すると、RPGのような他ジャンルにも適用できる

RPGには「勇者/魔王」という古典的な二項対立図式がある。この対立が「善/悪」と重なり、勇者・善が勝利する、勧善懲悪の展開が多い。

だが、魔界・魔王側をプレイヤー視点にするRPGもそれなりにある。そこで、勇者・人間界と魔王・魔界の双方を俯瞰して、一方がもう一方を滅ぼすことを是としない、という物語もありうる*7

そこまでいかずとも、「誰かを仲間にすると、別の誰かが仲間にならない」*8というのは、RPGでそこそこ見かけるシチュエーションだ。仲間にならなかった登場人物のその後を描くようなシーンは、ヒロイン選択問題の問題意識にかなり近い。

ヒロイン選択問題の応用

1.並列世界、2.ループ時空、3.サバイバル状況、4.RPG、という4つのひな型を今回見てきた。

それらの設定では、ヒロイン選択問題を逆手に取って、ストーリーの展開に利用できる。ヒロイン選択問題を抽象化すると、二者択一の構造*9になるから、設定しだいでドラマに活かせるというわけだ。

この他にも、エンディングの破綻が、二次創作で補完する動機につながるなど、様々な問題系がありうる。だがそこまで行くと、もはやヒロイン選択問題で括る意味も薄れてくるので、その考察は別の機会に譲ろう。

ヒロイン選択問題の総括

連載の最後に総括しよう。まず、「ヒロイン選択問題」とは、ノベルゲーム、特にエロゲ、ギャルゲ、美少女ゲームで、「あるヒロインがプレイヤー/主人公に選ばれると、他のヒロインが幸福になれない問題」だ。

このヒロイン選択問題が発生する土壌に、ハーレム、純愛(同時攻略禁止)、セカイ系、主人公主導、といった要因がある。特に「泣きゲ」と呼ばれるジャンルでは、それらの条件が揃いやすい。

もし、選択問題を回避するのであれば、作品の過去を不確定なものとして読者側が解釈する、という手段はある。また、全員救済エンド、プロローグの伏線、アフターを描いた外伝を作者側が追加する方法がある。

しかし、あえて回避しない、という考え方もある。現実の反映、作者の表現、分岐の構造、メタな快楽、といった要素が失われてしまうからだ。

そして、並列世界、ループ時空、サバイバル状況、といった設定を導入すると、選択問題はドラマの障壁ではなく、むしろ推進力になりうる。さらに、問題を一般化すれば、RPGのような他ジャンルでも、共通点を見出せるだろう。

じつは、ヒロイン選択問題そのものは、現在の美少女ゲーム、特にエロゲの問題意識からすると、過去の問題という印象がある。というのも、ツンデレブーム以降の作品*10は、そもそも「泣きゲ」の特徴が薄い。

そこで、マニュアル的・チャート的に、問題を再整理することに徹した。特に今回、過去の問題がどう応用できるのか、という点に着目している。

選択問題そのものが過去の議論でも、美少女ゲーム・ノベルゲームの本質に触れている問題ではある。できることなら、エロゲ論壇が意識しない外部まで、その問題意識が少しでも伝わればと思う。

関連作品

CLANNAD(クラナド) - PSP

CLANNAD(クラナド) - PSP

CLANNAD Blu-ray Box【初回限定生産】

CLANNAD Blu-ray Box【初回限定生産】

CLANNAD 光見守る坂道で 上巻 - PSP

CLANNAD 光見守る坂道で 上巻 - PSP

*1:このタイプの作品例に、『YU-NO』がある

*2:たとえば、「主人公は真の能力にとつぜん覚醒して、ヒロイン全員を救済できる能力を身につけた」だとか

*3:作品を挙げれば、同人ゲーム『ひぐらしのなく頃に

*4:ここで、ヒロインの不幸が、登場人物全体の不幸と関連していると、問題はより強く意識される

*5:まあ美少女ゲーム以外なら、『バトルロワイヤル』が最も通りがよいだろうか。ただし、競争は殺し合いに限らない

*6:陵辱系以外でサバイバル色が強い例を挙げるなら、同人ゲーム『キラークイーン』(リメイク作『シークレットゲーム』)

*7:作品を挙げると、Webノベルの「まおゆう」が当てはまる

*8:このシチュを最大限に活かしているのが、『ドラゴンクエスト5』だろう。仲間になることと結婚を結びつけて描いている

*9:ディレンマ、トレードオフダブルバインドなど、類似した枠組が色々ある。『ハムレット』の「生きるかべきか、死ぬべきか」があるので、物語の構造としては古典的である

*10:たとえば、『つよきす』ではヒロインの性格もあって、ヒロイン選択問題は意識されないのではないか