(DL)同人市場の一般・成年向け比較調査
概要
前のエントリへの反応は、数字を出せという意見が多かった。しかし、コミックマーケット(コミケ)に参加するサークルの販売部数や売上金額については、サークル数ほど公式な数字が出せない。
そこで、DL同人のダウンロード(DL)数と売上を示すことにした。コミケほど一般への知名度はないが、市場規模としては無視できないほど大きくなっている。さっそく次で示す。
DL同人の市場調査
DL同人流通大手の「DLsite」は、ユーザー登録数・20万人以上、サークル登録数8500以上、作品登録数3万7千以上の規模がある。
さらに、ここではDL数を公開しており、正確な数字が出せるので、この新着とランキングから、データを集めることにした。下でグラフを示そう。
新着の登録数とDL数による、一般と成年向けの比較
▲上のグラフは、2009年の8月24日から30日までの一週間に、DLsiteに掲載された新着作品の数を、一日ごとに示したもの。成年向けの方が多い。
▲同じく一週間の新着が、ダウンロードされた数を比較したもの。見ての通り、圧倒的に成年向けが多い。
日付 | 登録数(般) | 登録数(成) | DL数(般) | DL数(成) |
---|---|---|---|---|
24 | 6 | 30 | 34 | 3253 |
25 | 9 | 29 | 143 | 1965 |
26 | 10 | 38 | 41 | 2751 |
27 | 7 | 40 | 39 | 4042 |
28 | 7 | 45 | 48 | 3256 |
29 | 5 | 45 | 21 | 5293 |
30 | 11 | 44 | 54 | 2201 |
週計 | 55 | 271 | 380 | 22761 |
▲グラフの元データになる表。登録数では約5倍、DL数では60倍も成年向けが多い。となると、一作品あたりでは10倍以上売れていることになる。
このように、前のエントリで書いた「桁がひとつ違う」という実感は、統計からも裏付けられよう。もちろん、こうした一般・成年間での格差は、DLsite登録サークルの間では、常識になっていたが、改めて数値化・視覚化したことに意味がある。
累計のDL数と販売額による、一般と成年向けの比較
一週間のデータだけでは、その一週間がたまたま偏っていることも考えられるので、2000年の開設以来の累計ランキングから、上位10作品を取り出して、一般向けと成年向けを比較した。もちろん、今度は上位と他作品との間での偏りはあるだろうが、多面的に捉えるために示す。
▲上のグラフは、DLsite掲載作品のうち、累計上位10作品の合計DL数を、一般向けと成年向けで比較したもの。成年向けの方が多い。
▲今度は売上額で比較した。やはり成年向けの方が多く、さらに差が付いている。
DL数(一般) | DL数(成人) | 売上(一般) | 売上(成人) |
---|---|---|---|
16656 | 185902 | 18445140 | 345850680 |
▲グラフの元データになる表。DL数ではここでも約10倍、売上額では20倍も、成年向けの方が多い。一作品あたりの価格が2倍になっているため、成年向けの方が売上額が大きく伸びている。
こうしてみると、コミケにおける男性向けのサークル数が全体の一割強だという、発端になった話のちょうど対照的な結果が出てきた形になる。DL同人のDL数を見ると、むしろ一般向けが一割未満なのだ。
たしかにコミケに行けば、意外とマニアックなジャンルのサークルがひしめいている、という光景を目にすることかと思う。しかし、売上ベースで見た市場動向からは、異なる側面が見えてくる。
付論
示したデータの解釈と補足を行なっておく。まず、DL販売は常時行なわれているので、DL数はすでに微増しているが、一般・成年の比較という論点からすれば、誤差の範囲だろう。
それから、成年向けは圧倒的に多いことが分かったが、二次創作か一次創作かに関しては、話が別になる。累計ランキング上位は、ほとんどオリジナルが占めていた。なお、女性向けジャンルについては、一般向けよりさらに少ない。
同人市場の拡大と棲み分け
同人市場は、成年向けPCゲームの商業市場よりも大きい、という話を前エントリでしたが、ランキング上位のサークル、つまりDLにおける壁サークルを見ると、さもありなんという気がする。
DLsiteの上位10作品だけで、約18万本の販売数と、3億円以上の売上があるが、一般にはあまり知られていない。知っているとしたら、ライブドアが買収したときの報道だろう。これも知られざる同人界の一面である。
さてその中でも、大手サークルの「ティンクルベル」は、たった1サークルで、累計上位10位に4作品ランクインし、その合計8万本、売上1億6千万円をあげている。
さらに最大手のサークルは、販売ペースからいって、おそらく「Lilith」だろう。しかしもはや、同人サークルというレベルではない。商業流通に乗せられるが、様々なメリットを考慮して、あえて同人流通で売っているという印象だ。(注・現在「Lilith」は商業メーカで、審査団体も通している。コメント参照)
陵辱系エロゲの自主規制問題は記憶に新しいが、そのように規制が進めば、中小のエロゲが同人流通まで降りてくることは、十分ありうるだろう。現に今でも、DLsiteでは隣のカテゴリで、ソフ倫が審査した商業作品が売られている。
ちなみに、同人界で大流行した『ひぐらしのなく頃に』『うみねこのなく頃に』『東方Project』も、DLsiteではパッとしない。「とらのあな」などのCD・DVD通販の方が売れているのかもしれないが、いずれにせよ、はっきりとセグメントが分かれている。
なぜDL同人は成年向けが強いのか
なぜ、DL同人では圧倒的に成年向けが売れるのか。それは、顔が見えないことによって、コミュニケーション要素が薄いからだと考えている。コミケでは知り合いの本を買う光景がよく見られる。
さらに、コミケには「コミケSUGEEE感」がある。すなわち、非日常の祝祭感が存在する。そこではあえてネタの同人誌を入手してオタクセンスを示す、「俺TUEEE」的なオタクアピールの面を持つ。
それはサークル側にも当てはまる。顔が見えないために、自己主張したり承認欲求を求めたりする必要がなく、「受けるものより売れるもの」を作ろうとする動機が高まるのではないだろうか*1。
また、顔が見えないので恥ずかしくなく、成年向け作品が買いやすい(売りやすい)、という環境も見逃せない。そういうわけで、年中無休でDLできるDL同人では、もっぱら自分の嗜好に合うもの、あるいは売れているものが、買い求められるのではないだろうか。
結論
そしてこれは、DL同人ほどではなくても、同人通販ショップにもかなり当てはまるのではないか。そして、「とらのあな」1社だけでも、年間50億円以上の売上があるので、コミケと同程度あるいはそれ以上の売上があると推測される。とすれば、同人市場の主流は成年向け二次創作だという可能性は高いだろう。
しかしこれは、単なる現状分析なので、どうあるべきかという話は別だ。むしろ個人的には、ここまでの分析が、コミケの重要性を示唆しているように思えた。どういうことか。
もしコミケなりのイベントがなくなって、通販なりDLなりに全面的に移行してしまうと、同人か商業かは単なる流通形態の問題に還元されていきそうだ。「Lilith」がそうであるように。すると、多様性が失われてしまう。
コミケがこれだけ継続しているのは奇跡のようなもので、この先もずっと継続し続けるかどうかは分からない。もし大事件が起きて中止になったときに、なし崩し的に同人が完全に商業化してしまうことも予想できる。コミケは抽選だが、同人ショップは売れないものを置かない*2からだ。
だから、コミケの多様性が重要という部分では、そもそも発端になったエントリと、実は認識が共通している。しかし、コミケ自体が同人市場の一部である、という認識を経て言うことに意味があるのだ。