まず、あなた自身が他人の自分史を読んでください

「言わぬが花」

「新風舎問題」と「素人と専門家の深すぎる溝」 - 琥珀色の戯言

70歳という年齢まで、頑張って貯蓄をしてきて、残りの人生の長さを考えたとき、やっぱり何か「形になるもの」を残したい、という気持ちが出てくるのは、おかしいことでもなんでもないような気がします。本人は「売れると思って」って仰っていたそうですが、「自分が生きていた証を残しておきたい」という気持ちもあったのではないかと。「本」っていうのは、たしかに、かなりわかりやすい「自分が生きていた証」のひとつの具体的な形でしょうから。

それでも、「真実」を知りたい? - 琥珀色の戯言

僕が新風舎に言いたいのは、「どうせ騙すなら、もっとうまく騙せよ……」ということなんですよ。こんなふうに、すぐにメッキが剥がれて相手を失望させるような騙し方じゃなくて。こう言っちゃなんだけど、酒造メーカーやタバコ会社、日本中央競馬会やパチンコ産業は、もっと上手にたくさんの人を「騙して」いるわけですから。彼らは「客を笑っている」姿を想像されないように細心の注意を払っているだけのことです。

「言わぬが花」というように、知らない方が幸せになることはあるだろう。そのように、人間心理に関しては、引用先に頷ける部分は確かにある。しかし、最低限、本を出版しているならともかく*1、金を取っていながら仕事をしていなかった(客も中にはいる)のでは、新風舎については、まるで擁護のしようがない。

ただし、新風舎がダメだからといって、自費出版全体や、さらには酒・煙草・ギャンブルについては、一括りに否定したりするわけではない。例えば煙草の害はさんざん言われているし、パッケージに健康を損なうと書いてあるので、少なくとも「全く知らなかった!」「騙された!」ということはないはずだ*2。是非は個別に見る必要があるだろう。

また、「自分が生きていた証」が欲しいという気持ちは分かるが、それは金で簡単に買える(ましてや売れる)モノなのだろうかという疑問、高齢になるまでに「形になるもの」を残すということもできたという余地、「形にならないもの」も「自分が生きていた証」になるのではないかという提起、この三点は指摘しておきたい。

まず、あなた自身が他人の自分史を読んでください

そして、(ようやく)本題に入れば、「自分史が売れる」というのは、やはり幻想に属することだろう。これに関しては、このエントリのタイトルで済んでしまう。他人の自分史を読みたいと思わないのであれば、自分の自分史が他人に読まれないのも分かるだろう。逆にもし、自分史を読み漁っていれば、自分史が売れないジャンルだということが自然と分かるだろう。

自分が特別な存在だというのは幻想である。確かに特別扱いされる人間は一部にいる。それでも、首相ですら辞めれば代わりの人間がいるのだ。だがそれでは、ここで言いたいのは、「いい歳して現実が見えてない」的な、冷笑的なことだろうか。そうではない。全くそうではない。

(引用元の)自分史は、自分のしたいことのように見えて、実は「他人に認められたい」ことではないか。真の問題は、自分のしたいことがない、あるいは分からない、ということだ。だから、分かりやすい形に飛びつく。趣味の対象は何でもいいのだが、世間が認めるかどうかとは関係なく、本当に面白いとか楽しいと感じるものを探せばよい。探すところから始めても遅くはない。

いや、世間一般の感覚として、老後は先が長くないから無理、などと思うかもしれない。しかし、定年退職から十年〜二十年くらいあれば、勉強や仕事などが必要ないとすると、実に莫大なリソースがある。もちろん、体力や気力の衰えがあり、0〜20歳や20〜40歳ほどの爆発的進歩はないだろう。しかし別に、競争してプロになる必要はないのだから、マイペースでやればいい。

幻想ではなく欲望に同一化すべきだ。言い換えると、結果から過程に目を向けるべきだと言いたい。いや、確かに競争社会は、結果が全てだろう。しかし、老後は競争から解放されている。だからようやく、自分のしたいことができるのだ。それまで求められていたのは、「したいこと」ではなく、「できること」、もっと言うと、モノになってメシが喰えることだ。

市場構造の中では、結果が求められる。だが、ようやくその状況から解放されたのだから、思考も解放されるべきだ。思考を解放できないのは、(他人に認められなかったというような)今までの人生の不満を取り返したい、という心理が強いからだろう。だが、普通は難しいだろう。なぜなら、それまで何十年も掛かってできなかった願望が、ちょっと金を積んだ位で、これからすぐ叶うはずがないからだ。

だから、思考を切り替えて、第二の人生に正面から取り組んだ方が、有意義だと考える。上手く騙されて幸せなら、それはそれで悪くないが、今回のように、騙されて不幸になったら最悪だ。受け身で騙されるだけでなく、積極的に探すのもよいだろう。

追記

新風舎、未出版の著者1000人から前受け金10億円 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

ブクマコメントを頂いたので追記しておきます。言及先や本文中にあるように、自費出版全体へではなく、あくまで今回の新風舎のように、「騙される」ようなケースへの批判です。普通の人が本を出そうとすること自体は悪くありません。

それに自分史でも、専門的な人が書いたもので、高値がついたりする場合があるようです。ただやはり、甘い言葉に乗って安直に売れると思い込むのは、推奨しません。そうではなくて、良心的な出版社を探し、他人が読むことを想定して書いた方がよいでしょう。

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*1:書店に並ぶのも一瞬だろうし、それでもとても割りに合わないとは思うが

*2:禁煙問題について触れると、長くなり本筋から外れるので、ここでは扱わない