アニメ「ひぐらしのなく頃に」第1話冒頭2分間の解体新書

まえがき

話題の『ひぐらし』アニメですが、かなり戦略的にイメージチェンジしていると感じます。そこでここでは冒頭2分間だけ、逐一解説してみたいと思います。見方は人それぞれである、と言ってしまえば簡単ですが、それでもある程度は解読できる部分はあります。

冒頭シーン(30秒)の意図を読み解く

いきなりネタバレで始まっています。原作を知らない人でも簡単に推測できます。例えば物の配置で2分後の本編冒頭の部屋とたぶん同じなのだろうということも分かります。いや、原作のゲームを踏襲しているシーン(撲殺の音と効果音の一致など)ではあるのですが、原作の方はもっとぼかしていたし、アニメでも慎重にやればネタバレを回避できるはずです。しかしこれは意図的なものでしょう。どういうことか。


ひぐらしがミステリとして妥当なのかの議論は散々ありましたし、もっと素朴に原作を知っている人に謎は魅力的な吸引力として機能しないでしょう。そこで原作・ミステリ→アニメ版・サスペンスという形式のフォーマットを行ったのではないでしょうか。


ミステリとサスペンスの違いについて言うと、ミステリが未知の謎に注目するなら、サスペンスはその謎を知らないまま行動する状況の方に興味があります。結果と過程の違いです。まあ分かりやすいのは刑事コロンボでしょうが、例えば「ホラーサスペンス」であれば、殺人鬼が誰だか分かっていて、窓の外にその姿が見えていても、なお読者はその危機的状況にハラハラするわけです。


というわけで、アニメ版は冒頭の30秒でサスペンス化する方針を示しているのでしょう。

OP(1分30秒)を読み解く

伏線

伏線というか、ここでもネタバレです。野暮なので一々説明しませんが、原作を知っている人でもそうでなくても、一目かなりの情報量であることが分かるでしょう。よく制作が間に合わなくて本編をつぎはぎしているショボイOPがありますが、それとは違いかなり確信犯的に、各登場人物の謎を惜しみもなくネタバレしています。


野暮を承知で少しだけ解説しましょう。これは後述しますが、基本的に登場人物を一人ずつ映すという構成になっていて、しかし途中水面が揺れるようなイメージのシーンでのみ、例外的に二人映されますから、この二人が特別な関係にあることを予感するでしょう。更に丁寧に陰陽のマークのように対称的に配置されて、(運命の赤い糸を結ぶ)小指の辺りが触れています。こういうのは定型表現になっていて、もちろん原作を知らない人が意識的には気づかないかもしれませんが、暗示はしています。


追記:もう少し追求してみましょう。なぜここだけ水の背景で二人は裸なのでしょうか。例えば森の中に服を着た二人が寝ていてはいけないのでしょうか。まず裸は「背中を見せる」というのはあるでしょう。色気が足りないので単に裸を見せたいというのもあるかもしれません。それから水面は「髪の色を隠蔽するためのモノトーンの画面」を自然に見せます。また植物だけでも単調になり、画面に変化をつけています。しかし、もっと深い理由があります。揺れる水面は羊水のイメージであり、膝を抱くような姿勢は胎児のそれです。*1

象徴

花のサイケデリックな画面が印象深い導入です。島みやえい子の曲とも合わせて、エキゾチックで格好良いです(ややI've音楽のデジャヴ感はありますが)。まあ同人だから仕方ないのですが、原作より垢抜けています。光が差し込む森は、『もののけ姫』や『聖剣伝説』のように、神秘的な雰囲気になっています。狐の面を持った梨花(彼女は巫女)も、彼岸的なものを醸し出しています。


落ちる花弁・消える蝋燭・飛び立つ鳥という比喩は死を表現する常套手段です。そもそも題名にあるひぐらし=蝉自体が短命で、儚さの隠喩になっています。人生のほとんどを占める幼虫時代を地中で過ごし、ほんの束の間地上に出てくるという蝉の有り様と、血生臭い事件に巻き込まれながら、ほんの束の間交流をするという刹那さの重ね合わせは、(ゲーム)冒頭からほのめかされています。ただしこのOPでは、よりビジュアルに訴える蝶が代わりになっています。このように「生」と「死」を鮮やかに印象付けています。

構成

よくアニメのOPでメインの登場人物4、5人が勢ぞろいして走ったりするシーンがありますね。しかしこのOPは一人ずつ順番に映しています。これはもちろん、ゲームの一話につき一人を注目しているという形式を継承してはいるのでしょう。


もう一つ興味深いのは、主人公をはじめ他の登場人物が出てこない点です。もちろんかなり変則的ではあれ、『ひぐらし』は美少女ゲームの系譜に属するので、彼女たちをまず描くのは無難なところでしょう。プロモーションビデオのようですし。


しかしこの二つのことから、やはりミステリという形式として捉えられるのを避けた、という印象があります。印象をできるだけメインの登場人物に絞り、しかも順番に映すことで、彼女たちの物語であることを強調します。


2分間の最後のシーンを見てみましょう。レナが鉈を持っているシーンで、鳥も含め最も象徴的なシーンになっています。その後雛見沢村を俯瞰するのですが、OPの一番最後になってようやく舞台を映してます。それまではイメージ的な映像で、あまり場所を特定できません。


これは雛見沢村に対して俯瞰的に描くという態度が示されています。原作のゲームでは横溝的で土着的な土地の描き方(もっと単純に、写真を加工しているので画面が強いとか、そういう要素もある)をしていますが、アニメ版ではファンタジックに描いています。そしてそれが、先生のキャラの登場など本編に関係してくるでしょう。

付録・キャラデザインを読み解く(これも2分間に含まれている要素)

キャラクター紹介(原作公式)
テレビアニメ「ひぐらしのなく頃に」公式ホームページ


原作の絵に関しては、商業的な流麗さがないと叩かれましたが、いたる絵が鍵の泣きゲに欠かせないように、独特のアルカイックな情緒を持っています。それはそれでいいのですが、アニメ版では体のバランスがまるで変わっています。もちろん描く人の都合があるでしょうが、原作の絵柄に合わせても商業的な流麗な絵にできるでしょう。


アニメ版では身体、特に手足が細くなり、頭というか髪のボリュームが多いです。頭でっかちで標準的なバランスではないですが、この場合は理に適ってます。以前やった髪の法則では、髪の量は自我に比例しました。


つまり、原作では主に雛見沢(オヤシロ)のような非人称的な場所から悪意が発生した(と感じるように描いている)のですが、文字=概念を使えないアニメ版ではそういう描写は難しいので、個人のトラウマのようなものに移植するつもりなのでしょう。ただの予測に過ぎませんが。手足が細いのも、30分という時間が決まっているアニメでは日常描写がどうしても薄くなりますから、合っているでしょう(生活していない幽霊には足がない)。

*1:そのあとに羽を捥がれた蝶の画があるのも意味があります。また沙都子の後ろにある欠けた月も。