居合批評

認知科学徒GPY - エロゲやラノベやミステリの多様性・多産性は、結局メディア自身の首を絞める
リードの法則だろうか。あるいは「知っていることを知っていること」に価値があるとか。
量産はよくない。エロゲは18禁で社会人がやるから、時間が足りなくなりパイの奪い合い。
しかしエロゲ生態系の多様性は、パイ全体を広げる可能性がある。(泣きゲーとか典型的)
メディア環境の変化によって、多様性でコミュニケーション性は落ちないと思う。なぜか。
ネットの検索が強力になって、少しマイナーでも昔に比べればコミュニケーションは可能。
これはnyのクラスタリングと同じことで、全て均一のネットで私的空間が成立する仕組み。


コラム:主人公の傾向と対策
むかし稲葉振一郎ドラクエの一人称とFFの三人称が対照的と書いていて納得した。
ドラクエは戦闘時敵だけ見て(主人公視界)、FFは戦闘時敵味方を見る(神視界)。
ドラクエは絶対に主人公のモノローグを書かないという点に注目すると思想が分かる。
エロゲの場合モノローグ無しはキツイので、一人称型は髪を長くして無個性にすると。


ノベテ、ツクラズ
萌え論 : ラノベシナリオとエロゲシナリオの違い
要約:ラノベは削りを、エロゲは水増しを要求されるという違い。


バーチャル日常空間化するエロゲは自然とキャラ説明が多くなる。
しかしでは、ダラダラは不可避かと言えば、そうでもないはずだ。
テキストスキップも一種のメタゲームであるとは捉えられないか。
そして『ひぐらし〜』の「TIPS」のように形式に還元できないか。
更には『御神楽〜』のようにトリガーの回数で戦略化できないか。
作業から戦略へ、一本道から複数の経路へはゲーム化の定石では。


REVの日記:ゲーム理論によるツンデレの考察
ゲーム理論を援用するなら、根拠無しでいいので、行列に損益の数字を
REV氏のもっともな指摘。数値化を避けているのは、感情が数値化しにくいから。
効用の話になると思うけれど、効用関数は事後的に解釈したもので、先行しない。
しかも押し倒されたときに冷静に戦略を練る娘は、それ自体萌えないではないか。
だけど本での「男女のジレンマ」とかでは、ふつうに数値が記述されてたような。
それとa>bのように関係を記述するのはありそう。もっと洗練させておきます。