法人税を下げる必要はないし、消費税を上げる必要もない

概要

 荒井経済財政相は23日午前の閣議に、2010年度の年次経済財政報告(経済財政白書)を提出した。

 白書は、長引くデフレからの脱却に向けて、成長力を強化するために法人税の実効税率を引き下げ、企業の収益力強化を通じて家計の所得を増やす必要性を指摘した。また、国の財政再建のため、消費税率の引き上げを強く促す内容となっている。

 しかし、法人税を下げる必要はないし、消費税を上げる必要もない、と私は考える。以下で詳しく述べよう。

法人税を下げる必要はない

 上記の経済財政白書では「企業が家計に分配する原資が必要で、企業が収益を拡大できるような基盤整備が求められる」とか「企業が居心地が良い国は家計にとっても良い」と述べている。

 これは財界の要望に基づいた政策だろう。去る2008年10月、経団連は「税・財政・社会保障制度の一体改革に関する提言」を提出した。そこで、消費税率を最低でも5%引き上げ、法人実効税率を10%以上引き下げるよう要求している。

 だが、家計の収益を上げるために、消費税を増税するという理屈には、疑問を覚える。少なくとも、歴史的にはそのような成果はない。

 1989年の導入から2008年まで20年間の累計で、消費税は約200兆円徴収された。その一方で、法人税は約160兆円の減収。

 つまり、消費税引き上げによる収入の8割は、法人税の引き下げに振り替えられている。すでに、法人税引き下げのための消費税引き上げはなされていた。が、それが家計を潤すということはない。

 1997年に消費税を3%から現行の5%に上げてから、消費税自体の税収は増えたものの、税収全体では落ち込み、以後は97年の水準に回復できていない。

 また、現在の日本では、企業の内部留保は増えたが、労働分配率は下がっている。具体的に言うと、2001〜2005年度にかけて、企業の利益が約10兆円増えているが、雇用者報酬は約8兆5千億円減少している。

 だから、法人税が安くなることで、雇用や賃金が増えるかというと疑問だ。利益を出しても税金に取られず残るなら、人件費を出すよりもカットする動機の方が強くなる。

国際競争力は下がらない

 次に、企業の国際競争力が落ちるから、法人税を下げるべきだ、という論点も検討してみよう。

 日本の貿易収支は、2008年まで27年連続して貿易黒字を達成していた。ちなみに、最新のデータによると、2010年上期(1〜6月)の貿易収支が、約3兆4千億円の黒字となっている。

 国際貿易において、家電の分野では韓国に追い上げられてはいる。しかし、自動車など他の分野が好調なため、黒字を保っている。国際競争力は今でも十分ある。

 法人税は利益に対する課税なので、赤字法人には恩恵がない。法人税を安くすると競争力がつくかといえば、黒字法人の黒字がより増えて強くなるから、市場を寡占されて競争はむしろ減る。

 また、法人税を安くすると、単に利益としてため込む。それよりは、研究開発費を必要経費として認めたほうが、技術的な競争力はつく。

 次に、法人税が下がらなければ、法人税がより安い海外に移転してしまう、という論点を吟味しよう。

 じつは、見た目の数字だけでなく、内実をのぞいてみると、そんなにかけ離れていない。

 法人税の実効税率を見てみよう。日本は40%(標準税率)、アメリカが41%(ロサンゼルス)、フランスが33%(パリ)、イタリアが37%(ミラノ)。

 さらに、社会保障費の事業主負担が、イギリス、ドイツ、イタリア、フランスなど、先進主要国より少ない。つまり、税金以外の負担も考慮すると、日本だけ高いわけではない。

 ただ、じっさいに企業の海外移転は行なわれている。だが、それはどちらかといえば、法人税を節約するよりも、人件費が安上がりな市場か、もしくは規模が大きな市場へ向かうのが目的だ。

 日本とアメリカが同じ水準だというのは、税金を安くしなくても企業が集まる市場である、ということでもある。

 ただし、欧州については、欧州独自の事情がある。EU各国で市場が統一されているにも関わらず、税制が各国で異なるため、企業誘致のために下げざるを得ない。

消費税を上げる必要はない

 法人税のダウンは、消費税のアップとセットで議論される。消費税引き上げの是非についても検討したい。

 最初の白書に戻って、家計に良いことを考慮するなら、輸出よりも、内需拡大の方が重要だ。しかし、消費税を増税すれば、内需は落ち込むだろう。

 消費税の税率引き上げで生じる最大の問題は、逆累進的な課税であることだ。逆進的にしてしまうと、消費が冷え込んで、資金が循環しなくなる。

 しかも、中小企業から大企業への所得移転も伴う。なぜなら、中間取引の販売者が中小・零細の下請け業者の場合、最終購入者である大企業の力が強いため、販売価格を引き上げられない。

 中小企業が消費税分を実質的に負担する一方で、過大な控除や「輸出戻し税」を通じて大企業が益税を得る。*1この輸出戻し税だけで、消費税の約2割に相当する2兆円もある。

 また現状では、7割の赤字法人が法人税を払わずに済んでいる。

 たとえば、大手銀行5行は、95年から15年間連続で、法人税を全く納めていない。それは、バブル崩壊後の不良債権処理に伴った累積赤字を、繰越欠損金にすることが認められているからだ。

 したがって、法人に対して利益ではなく資本・付加価値をベースに課税する「外形標準課税」の導入も、消費税導入より先に検討されるべき課題だろう。

 あるいは、株式投資の利益や配当に掛かる税金を低減する、証券優遇税制を止めるだけでも、1兆円の財源になる。高額所得者は分離課税されているため、そもそも課税が累進的でない。

 もしかりに、消費税を上げるにしても、食料品などの対象を非課税にすることが必要だろう。

消費税を下げる道もある

消費税は0%にできる―負担を減らして社会保障を充実させる経済学

消費税は0%にできる―負担を減らして社会保障を充実させる経済学

 以下では、経済学者・菊池英博氏の説を紹介したい。議論の詳細は、菊池氏の書籍をご覧頂きたい。

 まず、消費税は見かけの税率ほど低くない、という話がある。消費税5%のうち、国税は4%で、約10兆円に相当する。2006年度における国税収入全体に占める比率は、22%となる。

 一方、スウェーデンは、国税ベースでの消費税は25%。国税全体に占める消費税の割合は22%。つまり、日本と同じになる。

 また、菊池氏は、じつは財政は黒字ではないかと疑う。政府の財政のうち、一般会計だけを取り上げて「財政危機」を叫び、増税を国民に持ちかけておきながら、特別会計は放漫財政なのだという。

 特別会計の方では、積立金、剰余金、次期繰越金(内部備蓄金)が認められている。そして、100兆円を超える備蓄金の運用益が、毎年3〜4兆円ある。しかし、この資金は使途不明なのである。

 そして、菊池氏は、アメリカ税制の歴史に注目してもいる。日本税制の消費税導入は、アメリカのレーガン大統領が採用した、市場原理主義型の経済政策と税体系を模倣したものだ。

 レーガン大統領は就任後、所得税法人税の税率を大幅に引き下げた。その理論的バックボーンには、経済学者のミルトン・フリードマンが考えた「フラット税制」がある。

 また、個人所得税の減税によって労働者の勤労意欲を高め、課税所得を増やすという「ラッファー理論」がある。さらに、富裕層に対して減税すると、経済が成長して、他層に波及効果があるという「トリクルダウン理論」がある。

 しかし、大幅減税による経済効果はない、どころか税収は減り、現実には財政赤字が拡大する。しかも、貿易収支の赤字も拡大したので、財政赤字貿易赤字の「双子の赤字」を抱えた。その結果、アメリカは債務国へと転落した。

 一方、クリントン大統領は、税制の累進性を強化している。所得税法人税最高税率を引き上げ、一定水準以上の高額所得者に対する付加税を導入した。

 それと合わせて、労働所得の控除や、低所得者が対象の住宅取得控除や、企業の研究開発支出に対する税額控除などを拡大し、民間の投資を喚起する施策を行なう。

 これらの政策によって、財政収支は黒字に転換した。さらにこれに伴い、多くの州で消費税率が下がり、ニューヨーク州などでは消費税ゼロ%の分野が増えた。消費税ゼロへの道が開けたのである。

 ちなみに、アメリカのオバマ現大統領は、レーガンの「税制と財政政策」に関する議会で「失敗した時代遅れの考え」だと発言している。その考えというのが、まさに冒頭の白書なのである。

*1:この問題を解決するのに、「インボイス」方式が必要だろう