キュアサンシャインの変身シーンは『プリキュア』の華

概要


 現在放送中のアニメ『ハートキャッチプリキュア!』。その第23話「キュアサンシャイン誕生ですっ!!」では、ヒロインのいつきが、魔法少女キュアサンシャイン」に初めて変身する。

 その変身シーンは、『プリキュア』だけでなく、魔法少女ものアニメ全体においても、特筆すべきほどクオリティが高い、と私は考える。そこで、そのシーンを紹介し、感想を述べたい。

23話「キュアサンシャイン誕生ですっ!!」

 本作を未見の読者のために、変身シーンに至るまでの背景を、少し説明しておきたい。

 『ハートキャッチプリキュア!』は、魔法少女もののテレビアニメである。魔法少女プリキュア」たちが、精霊の力を借りて変身することで、戦う力を得て、悪の組織から人々を守る、という物語だ。

 すでに、花咲つぼみ(はなさき・つぼみ)/キュアブロッサムと、来海えりか(くるみ・えりか)/キュアマリンが活躍している。その2人に加えて、23話「キュアサンシャイン誕生ですっ!!」では、明堂院いつき(みょうどういん・いつき)/キュアサンシャインが、新たな魔法少女のメンバーとなる。

 いつきは、つぼみたちと同じ学園に通っていた。彼女は、病弱な兄・さつきに代わって、古武術の道場を継ぐ立場にある。そのため男装しているが、可愛らしいものが好きだという、人には見せない女の子らしい側面も持っている。

 兄のさつきは手術を控えており、周囲には伏せているものの、彼の心中には不安が渦巻いていた。その不安を悪の組織につけこまれて、怪物へと変身させられてしまう。これはじつは、精神的な外傷が実体化したものである。

 その怪物に、つぼみとえりかが、立ち向かうものの、あえなく退けられてしまった。そこで、いつきがキュアサンシャインに変身して戦う、――というのが23話の内容だ。

 本編の中で、太陽とそれを隠す雲が描かれている。これは、兄が本心を隠していたり、不安に押し潰されそうなことの隠喩的表現だろう。そして、いつきが変身したキュアサンシャインは、雲を切り裂いて登場する。

キュアサンシャイン」変身シーン

 キュアサンシャインが変身するシーンは、そのシーンだけで、作画枚数が5千枚くらいあるらしい。それだけあれば、通常のアニメ本編1話を作れるほどの数だ。制作側がいかに力を注いでいるか分かる。

 そうしたこともあり、変身シーンは、アニメならではの躍動感あふれる画面になった。たとえば、香水の容器のような変身アイテムを、ジャグリングのように軽快に持ち替えている。また、突きや回し蹴りの豪快なアクションもある。

 その他にも、動きのあるカメラワーク、パースを強調してダイナミックに描かれた人体、豊かなポーズと表情、印象的な瞳のアップ*1、と目を惹く点が多彩だ。

 香水は女性的で、格闘は男性的ではある。が、いつきが中性的な人物であるため、両方の要素が入っていても違和感がない。しかもそのことによって、性的な媚びがなく、健康的な魅力が感じられるものとなった。

 また、変身中の画面は、ヒマワリの花をモチーフに、黄色を基調とした色彩で描かれている。さらに、キュアサンシャインが、満面の笑みを浮かべる。そういうことがあり、輝かしい印象になった。

 そして、変身後の戦闘シーンで、キュアサンシャインは圧倒的に強い。これはもちろん、武道をやっているから強いのだろう、という合理的な解釈もできる。

 しかし、それと両立して、心理的な解釈*2もできる。まず、兄を救いたいと想う気持ちが強いこと。そして、本当の自分をさらけ出せない、という苦しみを理解していること。そこで、キュアサンシャインだからこそ、立ち向かえるのだ。

 したがって、変身というのは、衣装を替えるだけではなく、抑圧*3からの解放でもある。というのも、変身中に彼女の髪の毛が伸び、女の子らしい長髪になるが、それは家を継ぐという社会的立場を離れたときの、彼女が望むもうひとりの自分*4なのである。

 そして、本編の最後では「陽の光浴びる一輪の花、キュアサンシャイン」という決めゼリフとともに、花のつぼみ、あるいは、ハートが開くようなジェスチャーをする*5。これも、彼女の可能性のようなものが開かれる、という表現になっている。

 さて、見所の多いキュアサンシャインの変身シーンに、私は全く不満がない。何回見ても飽きない。これは満点、いや満点以上だと思う。魔法少女ものの歴史に残る名シーンだと言いたい。

 この変身シーンは、作品中に組み込まれた一場面というだけでなく、それ自体がひとつの独立した作品と見ても成立するのではないだろうか。それはたとえれば、小説中の詩や、演劇中の舞踏と、同じ性格を持つ。

 さらに言えば、「ハート」というのは、単なる人体の器官としての心臓だけでなく、その人の精神を象徴する。そのような意味において、キュアサンシャインの変身シーンは、まさしく作品の「ハート」になったのである。

*1:ヒマワリの花を連想させる

*2:そもそも、この作品では味方も敵も、一種の心の力で変身するわけだから、この作品においては合理的だ、とみなすこともできるだろう

*3:はてなブックマークのコメントで指摘があったが、自分が完全否定されるような、単純な抑圧ではない

*4:やはりはてブの指摘があって、「本来望む姿」から表現を弱めた。彼女自身が望んでいるところがあり、単純に抑圧されてはいない。が、オルタナティブな自分になりたい、という変身願望はあるだろう

*5:ただし、このジェスチャー自体は、他のプリキュアと共通の振り付けではある。が、手の向こうから笑みが覗くところなどが、キュアサンシャインらしいと思う