「論理トレーニング」

新版 論理トレーニング (哲学教科書シリーズ)

新版 論理トレーニング (哲学教科書シリーズ)

大学生に「次の文章を批判的に論ぜよ」などという問題をやらせると、必ずその主張の逆の主張を展開する。そうではなく議論そのものを批判しろと言ってもその意味さえわからない。(永井均・旧版の帯の紹介)

旧版が十年前に出版されて以来、地味なロングセラーで新版が出るに至った、初歩的な論理学入門書の名著。日本人は、上の文章にあるように、相手の逆の主張が批判だと思っている。あるいは、難解な表現をするのが論理だと思っている。論理的に書く・話すというのが、何をすることか実のところよく分かっていない。だがそれでは論理とは何か。少なくとも本書によると、言葉の使い方であるという。特に接続表現が論理構造の中核にあると捉え、それを基本に据えた解説をしており、その部分だけ読むだけでも十分価値がある*1

接続表現というのは、「だから」「しかし」といった言葉のことだ。もちろん、そんな簡単な言葉の使い方はとっくに知っていると思うかもしれない。だが、何となく雰囲気で選び、文調を整える合いの手のように、接続詞を使っていないだろうか。そうではなく、「付加・理由・例示・転換・解説・帰結・補足」という論理構造を反映するように使うのである。そのことによって、自分が何を言いたいか、相手が何を言わんとしているか、といったことも明確になる。その意識と技術がなければ、書いている内に何が言いたいのかよく分からなくなったり、書いていないことを勝手に読み取って批判することになりかねない。例えば、ネットではそういう場面をよく見かけるだろう。

論理思考・ロジカルシンキング系の本は色々あるが、本書が最良だと思う。だいたい、日本人は相手を攻撃するか根回しで馴れ合うかの二択になりがちで、論理思考というのを相手を論破することに直結しがちだ。しかし類書と異なり本書は、むしろ論理の対話精神に根ざしている。すなわち、自分と異なる考えを持つ他者に対して、どこまで思考を共有できるか、正確な位置付けを行うことによって、創造的議論も可能になるという考えだ。だから、論理的な読み書きのリテラシーを学ぶには最適な一冊で、私も大きな影響を受けている。著者はアカデミックな書き手*2であるにも関わらず、文章がとても簡明かつ平易で読みやすい。そしてその明晰さは、自らの思想を実践しているのだろう。

*1:その場合、接続表現の実践演習に絞った「論理トレーニング101題」の方でもよいだろう

*2:東京大学大学院総合文化研究科教授