アニメ雑感

ハルヒはなぜ受けているのか考え中。ところでよく動くEDはいい感じだけど、ダンスならコナンのパラパラみたいなことよりは、キングゲイナーみたいに意味があるといいと思う。キンゲダンスはネタにしても、その後のペアのダンスがユーモアすれすれだけど、印象深いものがある。


SoulLinkでさりげなくHシーンが。イメージ映像みたいな感じだけど。銃撃戦では全然リアルさを感じなかったけど、トラウマみたいな回想でようやく話の「重さ」が出てきた。これぞ現代エロゲの常套手段。


ガーゴイルでハナ子とオシリスの回。なんとく全体の雰囲気がドッコイダーを思い出す。ちゃぶ台をひっくり返すような意見になっちゃうけど、ガーゴイルはいない方が物語の強度が増すのではないかと思ったりして。


こういうタイプの話、つまりA→A’に変化してバトルするが、Aの思い出が〜みたいなノスタルジーのパターンなんだけど、元々狂言回し的なガーゴイルが、感情の回路にあまりうまく絡めてない気がする。そこがドッコイダーと違う。でもハナ子は可愛いから良し。あとオシリスのお尻が見たかった。ひどい落ち。


ブラックラグーンは水が描かれているというだけで印象深くなっている。ナチ云々なら平野耕太くらい弾けてほしい気もするけど。とにかく水をあなどってはいけない。背景に水と闇があるだけで、舌足らずな台詞も深遠に聞こえるだろう。例えば宮崎駿が風(と飛翔)を描くだけで、甘い物語を魔法のように幻想領域に変えてしまうように。


ひぐらしをもう一度。鬼隠し編の手紙はおかしいし、あとおはぎとかそこら辺への突っ込みがあって、それは他の人が指摘してるから繰り返さないけど、何となく感じるところがある。例えば原作と違い人形が伏線なのが丸分かりだし、それにあれではどうみても似合わないだろう。


ひぐらしの魅力というのは、どこまでが現実か分からない叙述空間みたいなところにあって、アニメ化するとどうしても全部客観的に視覚化しないといけないので、妄想的な魅力が雲散霧消してしまう。もちろん絵は原作より綺麗だけど、でも逆に物語全体から見ると陳腐でもある。DQNのバイクを倒すシーンとか。


でも圭一がイケメンなのは合ってると思う。ひぐらしというのは、都会から来た優男に雛見沢の最凶の四人(+α)が群がって犯そうとする(違う)構図だから。ツンデレというかデレツンというか狂デレというかとにかく凶悪化するヒロインがなんか燃える。


なぜ凶悪化するヒロインに燃えがあるのか。ここでハルヒに戻って考えると、もしハルヒのあの名言が「ただの人間には興味ありません。この中にイケメン、金持ち、優等生がいたら、あたしのところに来なさい。以上」だったら萎えてしまう。電波というのは通信であって、すなわち現実の力学から離れた純粋なコミュニケーション空間で、だから燃えるのだ。