黒木ルールの憂鬱
黒木ルールと囚人のジレンマ
黒木ルールの有効性は、繰り返し囚人のジレンマゲームでモデル化できると思います。つまり、匿名の2ch*1では「氏ね」「お前が氏ねよ」という風に殺伐としたりします。しかし匿名でなくなることで長期的な視点に立てば「煽らなければ損」にはなりません。
黒木ルールへの批判を検討する
そもそも、実名であるか否かを調べることは困難なので、判定基準に用いることはできない。
私の見るところでは、上の文章では以下の批判はすべて先取りされています。*2
相手に罵声を浴びせる事を「批判」と考え、それに対する返事が書かれない事を「勝利」と考えている非「匿名者」に対しては、黒木ルールは全く無意味であるといって良いでしょう。
コメント削除。
そもそも他人のブログのコメント欄では誰もが「匿名」かもしれない
書き込まれたURL=虚偽の情報ではない、という建前があるから成り立つんですよね。
虚偽の人物であってもURLがあることは、少なくとも運営側には意味があります。というのは、ただの「名無し」では再批判するためのとっかかりがないですが、URL先を見ることで「ここと矛盾している」などとできるからです。ただし、批判ではなく「釣り」が主目的の場合があります。つまり、騙る事を「勝利」と考えている非「匿名者」ということになります。これを防ぐには認証サービスしかないですが、後述のはてブが面白いところです。
大切なのは「匿名か、実名か」ではなく「(その書き込みに)コミュニケーションの意思を感じるか、否か」であり、それはウエブログを運営する人が決めて良い事ではないかと私は思うのです。
大筋は同意しますが、黒木ルールと似ているし、少し曖昧な結論です。
それでも黒木ルールは有効
匿名と実名と黒木と津村とあなたとぼく
その場合もありますが、黒木ルールは実名が全く分からなくても有効です。
匿名よりも卑怯な行為
モヒカン的感性で、それは思いますが、多くのブログ運営者は下のような感じでは。
ARTIFACT@ハテナ系 - タチが悪い長文コメント常連
コミケのスペース前で長話するオタクみたいな感じでしょうか。
または、ギャラリーはブロガーの私有財産だから演説するなと。
黒木ルール2.0=はてなルール
このブログでは、はてなユーザーのみがコメントできる設定になっています。そのことのメリットを挙げてみます。
- 騙りを防げる
- 自演も防げる
- 炎上しにくい
- コメントの文脈を見ることができる
最後の文脈について説明しましょう。これは批判でなくても、有効です。例えば褒められていても「これは皮肉かな?」という風に言葉の裏を読んでしまうことがありますが、その人についての情報があれば、深読みしなくて済むことがあります。また例えば「○○をするには××すればいい」というような情報を貰ったときに、ググってもいいですが、その人の日記やはてブを検索すると関連する情報が見つかることもあります。
もちろんデメリットもあります。例えば匿名での有益な情報も貰えないことです。しかし、これは黒木ルールへの違和感なんですが、批判だけはいらないというのは非対称的でずるい気がします。そこで肯定否定に関係なくコメントできない方がスッキリします。それははてな雛見沢化ではないか、コメントできるできないの格差自体がおかしい、という考えもありますが、mixiのマイミクとかああいう制度と同じだと捉えています。
全サイトはてブ化(hb_addict)の修正
ところではてブは、コメントの押し売りで関係各所からよく思われていないわけですが、以上の点から考慮すると、自動的に認証され黒木ルールが適用されている共有コメント欄ということになります。はてブによって認証がないブログでも自動的に黒木ルールを適用できるというのはやや意外な結末です。*3これは黒木ルールの限界を示しているのか、それともはてブの可能性を示しているのか…?