なぜライフハックスで忙しさが解消しないのか?

「「忙しい」と周りにに言うことは、「無能の証明」」か

1.
『忙しい人』は、「忙しい」と周りに言えば、「カッコイイ、頑張っている」と他人が評価してくれると思っている。
『仕事ができる人』は、「忙しい」と周りにに言うことは、「無能の証明」だと思っている。
(…以下、20項目)

これを読んだ読者は、例えば「ああなるほど、『仕事ができる人』は『忙しい人』と違ってスケジュール意識が高いのだな」という感想を持つかもしれない。しかしそこには大きな誤解が潜んでいる。意外に思うかもしれないので、解説していこう。

まず、元記事によると、「仕事ができる人」は次のような人らしい。「納期より随分前から作業に取りかかる」。「2つ以上の仕事を同時並行処理」する。「自分しかできない仕事が中心」で「頼まれた仕事を断る事ができる」。「仕事完了後に関係者からの異論はほとんど出ない」ので、「完成物の手直しなどがほとんど発生しない」。「誰も思考や作業を邪魔しない環境」にいるので、携帯電話が掛かってきて「緊急事態・トラブルでスケジュールが乱される事がほとんどない」。どんなに忙しい時でも、「学習時間」「適切な運動」「十分な睡眠」「プライベートの時間」を取るが、仕事は上手く行き、「お客様や上司から誉められる」。

また、上の記事を付加すると、次のようになる。「その場を乗り切るだけでなく、少し先をいつも見ている」。「時間が許す限り、困った人がいれば一緒に問題解決の手伝いを行う」。「相手に要求される前にその仕事の準備を行う」。「彼が早く仕事を切り上げたから、誰かが泣く事はない」。「会社の収益に確実に寄与している」。「「忙しさ」に振り回される事無く、余裕がある状況」にいるという…。これらが仕事ができる人の条件である。もし以上の要件を全てを満たす人がおられるのであれば、参考にしたいのでぜひコメントなどお寄せ頂きたい。*1

現実の現場はこうではないか。「仕事ではなく納期が前倒しになる」「2つ以上の仕事を同時並行処理させられる」「誰でもできるような仕事が中心だが、頼まれてしまった仕事は断れない」「仕事遂行中(前)から関係者からの異論が出始め、完成物の手直しなどが発生する」「携帯電話などで、常に思考や作業を邪魔される環境におり、緊急事態・トラブルでスケジュールが乱される」「学習時間・適切な運動・十分な睡眠・プライベートの時間は犠牲になる」「お客様や上司から誉められることはなかなかない(むしろクレーム対応が大変)」。

だいたい、「『忙しい人』は、「忙しい」と周りに言えば、「カッコイイ、頑張っている」と他人が評価してくれる」…などと思っているワケないだろう。逆に「暇だ」などと言えば、「なら、お前がやれ」と仕事が押し付けられるのが目に見えているから、「忙しい」と言い、しかも結局、「忙しいけど、Aさんの頼みとあらば断れない」などと立場上言うハメになる、一種のお約束なのだ。他にも携帯などで上司や顧客の連絡に即応しないと後で何か言われる、子供が病気なくらいでは休めない、自分が風邪気味なくらいでも休めない、定時でも頼まれたら帰れない、などなど…というのは、職場の空気を(仕様がなく)読んでいるのであって、無知で・好きで、そうしているわけでは決してない。

なぜライフハックスで忙しさが解消しないのか?

読者の方々は、ライフハックス的な記事、それも心構え的なモノで、実際に忙しさが嘘のように解消した経験が、どれ位あるだろうか。誰しも言われずとも、忙しさを解消したい、スケジュール管理したいと、一度くらいは…いやいつも考えるだろう。だが、普通はそんなに上手くいかない。確かに、小学生が夏休みの宿題を溜めてしまうような、そんなだらしないタイプに対しては、きちんと期限を守れ、という指摘は有効だろう。だが、しばしば日本の職場では、むしろ真面目で几帳面な人ほど忙しくなるという現象が見られる。優秀な人や責任感のある人の方から先に潰れていくケースがある。

ではなぜそうなるのか。それはまず、自分のスケジュールではなく、会社のスケジュールが、絶対的に優先されるからである。しかも、日本の仕事は、仕事の区分が曖昧で、誰がやるか分からない空白地帯があり、相手への即応性が求められることが多い。それに、別に仕事を能率的に早く終わらせたから、残業代が出ないからといって、さっさと定時に帰れないだろう。「そんなの当たり前じゃないか」と思われるかもしれない。しかし、アメリカはそうではない。それぞれの領分を決めて仕事しているので、他人の仕事を勝手にすることはない。また残業代が出なければ、本当にさっさと帰る。

ただし、そのようなアメリカ型システムに移行せよと主張するつもりでもない。なるほど、日本型システムには、高度成長を成し遂げた優秀な面があるだろう。「同期の桜」「同じ釜の飯」的な疑似家族性や、「多能工」的なやりがいにつながる面があるだろう。消費側から見ても、時間通りに交通機関が運行されるなど、利益を享受できる面があるだろう。しかし、「やってもやっても終わらない」「自分が頑張らないと仕事が回らない」「職場の全員に迷惑をかけてしまう」という際限ないプレッシャーを掛けられる負の面もまたある。日本の仕事が柔軟で融通が効くのは、人間をクッションにしているからだ。そして、それを、スケジュール管理ができていないのだ、と忙しさの自己責任論にしていく流れがある。

それでは、無能の人が忙しいのも全部職場のせいなのか。もちろんそうではない。色々職場全体に問題があるとしても、個人が努力できることがあるだろう。もちろんそうだ。しかし、忙しさを解消していこうとすると、組織内ポリティクスをくぐり抜ける必要がある。それは言わば、麻雀で牌をツモって捨てる際の腹の探り合いようなものだ。「「忙しい」と周りに言うことは、「無能の証明」だと思って」、バカ正直にマイペースな仕事をするというのは、鳴いて手の内を晒しながら単騎で上がりを待つようなもので、危険牌を引く恐れがあるから下策である。実際の戦場では、牌(仕事)の中身を良いものに黙って入れ替えている。だから、当然その点を指摘されて、「要領だけがいい人」ではないなどと弁解したわけだが、現実の職場と乖離している。

それにしても、「定時に帰る」「有給を消化する」「産休を取る」といった、元々認められている権利でも、いちいち、申し訳ないといった態度や配慮を取って、軽い交渉をしないといけないのでは、精神的に疲れてしまう。これからの日本が年功序列・終身雇用といった面を見直すというのであれば、「いま我慢すれば、あとで出世する」からと、強いられてきた面も見直して欲しいものだ。最後に結論をまとめると、本当のところは、忙しさを解消する項目は20もいらない。よほどのことがない限り、職場が変わるのが一番効果的*2。先行き不安でとてもそれができないから、ライフハックスで心の隙間を埋め合わせるのだろう。

付録・不条理化するライフハック

上は「経済格差は情報格差」という俗説についての記事。ライフハックスは仕事の効率化の方法論であったのが、段々とその自己啓発的な側面が肥大化してきている。極めつけは次の記事で書いたようなことだ。

「ドアを閉めましょう」というのが「在宅で仕事をする人が生産効率を高めるための」「Tips」なのか。

このような指摘をする者は、記事を書いた時点で一人もいなかった。もっとも、記事の内容は「後で読む」のが大方なのかもしれないが、それでは、はてブホッテントリは、タイトルで釣ればいいという東スポの見出し的な世界になっていく。

*1:もっとも、今回はイメージだけでも構わないというつもりかもしれない。それならば、時間管理術が紹介されたときに、またあらためて批判しよう

*2:ただし、自営になるとかえって年中無休で忙しくなるなど、かえって悪化する場合も多々あるだろう