ネットばかり見てるとバカを見る

経済格差は情報格差

らばQ : 情報格差──これから始まろうとしている本当の格差社会

テレビや新聞ばかり見てるとバカになる

ネットは人間の学習速度を飛躍的にアップさせる。これはもはや真理です。

そう、今の格差社会は経済の格差です。しかし、これからはパソコンとインターネットを使えるかどうかという、それだけの格差になる可能性が高いのです。

これを読んだ読者は、例えば「ああなるほど、これからの時代は情報化社会だから、パソコンとインターネットのスキルが格差を産む、という時代の流れなのだな」という感想を持つかもしれない。ところがそれこそがまさに通俗的誤解なのだ。全く、いい加減な記事である。意外に思うかもしれないので、丁寧に解説していこう。

収入格差は職業格差

どれだけ裕福な家に産まれた子供でも、パソコンとインターネットが使えなければ学習も仕事も使える人よりうまくいかない。そんな時代がやってくる可能性が高いわけです。

そんなワケない。医者になりたいのであれば、絶対に医師免許を取得する必要があり、そのためには医大・医学部へ進学しなければならないだろう*1。国立はまだしも、私立の医大に進んだらどれ位学費が掛かることか…。現代医療はハイテク化しており*2、確かに新しい高度な技術は要求されるのだろう。しかし、それは医者の中での格差ではないだろうか。そもそも学習や仕事以前に、格差は経済階層によって再生産される。

ちょっと考えてみれば分かることだが、現在の収入格差は情報格差ではなく、職業間の賃金格差に基づいている。平均年収が多いのは、弁護士や税理士などの士業、医師・教授・議員などの先生業、官僚まで含めた公務員などである。もちろん一流企業の会社員や経営者も多い。さすがに少しPCとネットが得意な位で、これらの職業の年収を上回るほど、世の中甘くないだろう。だいたい、本当に稼いでいるなら、PCが苦手だとしても、PCのオペレータ*3を雇えば済みそうだ。

もちろん、遠い将来は違うのかもしれないが、それが40年も50年も先だったら、読者が定年を迎えてしまうので意味がない。しかしでは、10年20年でそんなに変わるかと言えば、とてもそうは思えない。もちろん、IT関係の職業では確実にPCやネットの知識が必要だろう。それは運転業では運転技術が必要なのと同じだ*4。だがそのIT業ですら、プログラムを組めないSEがPGを部下にする事態が起きている。しかも、IT業は過労が多く三十代で引退してしまう者も多い*5。だいたい、コンピュータとインターネットの専門分野ですら、平均年収では上で挙げた職業より高くはないだろう。それなのになぜ他の職業で大きく差が付くのか。

ネット・流通・学習

そうなれば、学校や教師は必要無くなります。少なくとも義務教育レベル、もしかしたら高校レベルの知識は、10歳程度までに身につけてしまうかもしれません。大学の一般教養レベルにも達する可能性すらあります。

ずいぶん脳天気なことを言っているが、10歳で義務教育、さらには一般教養レベルまで達する、というのはどういう根拠なのか。ネットなら早く学習できるという理由が全く分からない。確かに、今までは一般に流通していなかった専門知識を、ググったりウィキったりすることで、早く知ることはできるようになった。

しかし、学校教育の学習は、教科書や参考書が普通に流通しているのだから、ネットを使って劇的にショートカットできるとは思えない。せいぜいどの参考書が優れているかという評判を探すくらいだろう。ましてネットによって司法試験に簡単に受かったりしない。専門家が他の専門家を簡単に出し抜けるほどではなかろう。ネットが頭を良くする(悪くする)というのは迷信に近い。そうではなくて、地理的物理的なコストを下げて、流通的な障壁を無くすのがインターネットの意義である。

「ゆとり化」や「学級崩壊」が言われる現在では、学校間・学級内の学力格差が生じている*6。だから、一流大学に合格させようと思えば、親は高い学費を出して私立に通わせるだろう。特に私立の中高一貫校では、中高六年間のカリキュラムを五年で終わらせてしまい、一年まるまる受験対策に当てるという戦略が取られていることがある。ちょっとネットをやった位でこの差は容易に埋まらない。

高速道路と大渋滞

インターネットの普及がもたらした学習の高速道路と大渋滞という記事があります。この「高速道路」の比喩は将棋名人の羽生善治さんによるもので〜

羽生の話は、高速道路を降りた先で大渋滞が起きていて、そこが勝負の明暗を分けるという話だ*7。PC・Webが全く使えないのは確かに差が付くだろうが、みんなが使えるレベルの中で大きく差が付くこともない。むしろ、高速道路=ネット以外の渋滞している部分で差が付く、というのが羽生の主張の要点だろう。例えば接客業や営業職の技術は、匿名でしがらみなく好きなように書けるネットに漬かっているだけでは、身に付かないのではないだろうか。

情報格差が収入格差に結びつくというのは、事務ならエクセルやワードができないといけないとか、初級シスアドの資格を取ると給料に手当が付くだとか、そういうことは現にある。しかし、基本的に日本の職場で最も必要なのはコミュニケーション力、もっとぶっちゃけていえば空気読み力である。例えば、エクセルのマクロを使って、他の者より仕事を早く終わらせたとしても、そのことは評価されず、むしろ定時にそそくさと帰ったことが上司の心証を悪くする、というのが日本の職場人事の現状というところではないか。

それに、ネットを見ると2ちゃんやニコ動などで大量に時間を消費するという側面も見逃せない。ネットのトラフィックや利用時間のデータを見ると、直接収入には結びつかない娯楽に使われている割合が多いようだ。どちらかというと、ニートがVIPやニコ動で時間を消費しているような気がするが、そこではネットの使用時間と収入は比例しないどころか逆だろう。それでは高速道路上で渋滞してしまっている。もっとも、現在だってテレビを見ているかどうかが劇的な格差を産んだりしない。一部のギークWebサービスを作って起業したりするが、その梅田望夫Web2.0礼賛を、全体に適用してしまうと、ベタな日本の現実が見えなくなってしまう。

いますでに生じている本当の格差社会

しかし、携帯電話に「悪慣れ」してしまった世代には、パソコンはいつまでたっても使いにくいものでしかありません。(…)その記事で紹介されてるネットレイティングス社の調査では〜

全体的に主張が大袈裟な割りに根拠が薄弱なのだけれど、ケータイ世代のPC離れの論点では、ネットレイティングス社のデータを引いている。しかしその読み方がおかしい*8。さて、ここまで見てきて、「テレビや新聞でデジタルディバイド情報格差)がどうこうって言ってたんだけど…」と思うかもしれない。しかし、総務省情報格差の対策というのは、ブロードバンドや携帯電話を僻地も含めた全国で通信できるようにするという話だ。また学校で情報教育も行うが、元記事にあったように、学校がなくなるという話では全くない。ただし、先進国と発展途上国の間での情報格差については、深刻かもしれない。これを国内の話と混同してはいけない。

現在の日本経済で本当に深刻な格差は、正規雇用と非正規雇用の収入格差だ。様々な要因があるが大雑把に言えば、バブル崩壊以後、中高年を解雇する代わりに、若年層の新規雇用を控えたことが要因の一つに挙げられるだろう。もちろんそれは情報格差では全くない。PC・Webを使えるくらいで若者は採用しない、という世代格差である。元記事は、単に同じ「格差」の単語があるだけで、「情報格差格差社会」という連想による印象論を無責任に展開している。そういう虚妄を放置しておくと「経済格差=情報格差は自己責任」などという、わけの分からない話になりかねない。真に深刻な格差問題を矮小化し隠蔽してしまう。そこが悪い。

結論

こんな風に元記事は、バカも休み休み言え、という感じなのだ。ネットをやるだけでそんな簡単に頭が良くなったり悪くなったりすることはないと思われる。ただ、「ネットばかり見てるとバカを見る」ということは言えるかもしれない。少なくとも、元記事のような無内容な煽りを鵜呑みにしてはいけない。釣りを釣りと見分けることができなければ、(はてブを)使うのは難しい

*1:漫画「ブラックジャック」ならともかく

*2:例えばメスがレーザーメスになり、CTスキャンを撮るようになった

*3:議員の秘書とか作家・漫画家のアシスタントとか

*4:逆に言えば、他の職種では必ずしも運転免許は必要ない。しかもIT業の資格は運転業の運転免許ほど絶対ではない。また技術職ならPCだけではなく数学や英語も必要だろう

*5:いわゆる三十代定年説には疑問もあるようだが、ここではとりあえずベタに採用しておく

*6:飛び級が導入されてごく少数の天才児が出現する可能性はあるが、それが全体の格差につながるほど大量に出現するとは思えない

*7:また、「実際に将棋の世界では、プロの弱い人よりは強いアマチュアが、この高速道路によって山のように誕生してるそうです。」というのも怪しい。羽生はプロを上回るとは明言していない。奨励会レベルと言っている。梅田望夫が弱いプロより強いと色付け景気付けしたわけだ

*8:はてブコメントにもあるが、参照:ARTIFACT@ハテナ系 - 20代PC離れ話が再燃している