西洋シンボル文化と日本イメージ文化(4)

西洋編・ルネサンスとリアリズム

萌え理論Blog - 西洋シンボル文化と日本イメージ文化(3)

今度は西洋に視点を移します。西洋の美術においてリアリズムが驚異的に発達するのは(イタリア)ルネサンス期なので、そこに焦点を絞ります。

最後の晩餐と最後の審判

ここではレオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』とミケランジェロの『最後の審判』を取り上げます。同時代に生きた二人はルネサンスを代表する巨匠ですが、理知的なダヴィンチと情熱的なミケランジェロは、対照的な芸術家です。ルネサンスの代表的な巨匠は他に、『アテナイの学堂』などを描いたラファエロがいます。

「最後の晩餐」は最近流行した『ダ・ヴィンチ・コード』で謎解きのモチーフになっていますが、ミステリでなくても絵画に描かれてあることの意味を探す分野があります(イコノグラフィ・図像学)。二つの作品には誰が誰で、このポーズは何を意味している、という謎とそれに対する解説があります。しかし、ルネサンス以前はより宗教画としての意味合いが強く、例えばキリストの後ろに後光が差す、といった約束事があったのですが、「最後の審判」では窓の外の自然光が差しています。その代わり、遠近法の消失点がキリストの顔に収束しています。後光は単に消えたのではなく、潜在的な効果として残っていると見ることも可能でしょう。

最後の審判」は、キリスト像は痩せているものが多いのですが、筋骨隆々なキリスト像を描いています。また近年復旧作業が行われた結果、背景の鮮やかな青色が蘇りました。顔料の原料としてラピスラズリが使われていますが、これは貴重な材料なので、絵の巨大さや制作期間と合わせて、いかに力を入れて制作されたか分かります。といっても、ミケランジェロ自身は絵画よりも彫刻を重視していて、ローマ教皇の命令に渋々従った面もあるでしょう。それから、彫刻を好むミケランジェロは、絵画が代表的な美術だと考えるダヴィンチと、そりが合わないけれども影響は受けていたりするところが面白いと思います。

解剖学・遠近法・明暗法

レオナルド・ダ・ヴィンチを代表に、絵画の技術面を見ていきます。一言で言うと、自然科学的な手法を絵画に持ち込むことで、写実技術の発達に貢献するのですが、当時の宗教観で科学はまだ異端的な存在でした。まず「解剖学」は、生物学的な正確さを絵画にもたらしました。ダヴィンチは自身で動物や人体の解剖を行い、スケッチしていたようです。

「遠近法」は、幾何学的な正確さを絵画にもたらします。遠近法自体はもっと以前から研究されていますが、ダヴィンチは数学的な線遠近法だけでなく、光学的・天文的な空気遠近法も画面に取り入れました。黄金比の研究もしており、数学者でないと自分の原理は理解できないだろう、という考えを持っていたようです。つまり、絵画の写実における観察と、科学の実験による観察に、共通性を見ていたのでしょう。

「明暗法」は、光学的な正確さを絵画にもたらします。明暗法における「統一光源」の採用は、遠近法における「無限遠点」と対になっています。つまり両方とも、直接は描かれない*1が全体を構成する例外的な点です。また彼には「物体と物体を区切る線は想像上のもので実在しない」という趣旨の主張があります。確かに後のカメラと写真では、単に明暗と色の階調があるだけで、決して個別に線を引いたりしません。だから、輪郭線による想像的で装飾的な絵画とは、意識的に明確に区別しています。

リアリズムからモダニズム

すなわち、西洋美術のリアリズムは、自然科学の発達と関連があり、それが日本にはなかった、というのが、当初の問いへの一応の回答になります。日本にリアリズムが入るのは明治期なので、とても歴史が浅く文化として十分に根付いていません。ではそもそも、日本で自然科学や合理的精神が発達しなかったのはなぜか、と問いを遡れば、例えば最初の方で述べた、風土の違いなどが影響している、という回答になります。

最後に、この後どうなっていくか、予告の意味でもう少し書いておきます。「最後の晩餐」(テンペラ画)も「最後の審判」(フレスコ画)も壁画(祭壇画)でした。壁は礼拝堂や修道院などの壁です。つまり、教会や貴族がパトロンになっていて、制作しています。当然、壁は自由に持ち運びできません。これに対し、絵が壁から抜け出して額に入ると、絵を市場で流通させることができます。ルネサンス期の西洋に登場した活版印刷や、後の音楽のレコードも、流通可能性を持ちます。そして、衰退する教会や貴族と入れ替わりに、工業革命で台頭する資本家・資産家の勢力と結びつき、次の時代に向かう力になります。

さて、最初のテーマからすると遠大な連載になってしまいました。少し息切れしてしまったので、ここでいったん区切ります。中途半端ですが、いつか再開したいと思います。

(いつか続く)

*1:光源体が画面内にあれば描かれるが