なぜ職業ものアニメが少ないのか

職業もののアニメが少ない理由を、アニメ産業の形態・表現の形式から考察する。まずマンガと比較対照すれば、問題の輪郭が明確になるだろう。職業もののマンガは、少なくともアニメよりは割合が多いのではないか。「マンガでわかる○○」といった、専門分野をマンガで解説した本も多い。しかも最近では原作付きの職業マンガからTVドラマ化するものも珍しくない。だがなぜアニメはそうならないのか。

アニメとマンガの表現媒体の違いとして、アニメは時間の枠が厳然と存在する。雑誌や単行本のページ数を増やすことはある程度できるが、あるチャンネルの一日の放送枠は24時間より増えることは絶対にない*1。30分・1クールなどの番組枠もあまり伸縮的でない。

だから、プロにしか分からないことをじっくり説明するのが難しいし、最近は放送数が増えているので、見ているうちに段々面白くなる、といったことではヒットしないだろう。普通は最初の三話位までに大きな事件に巻き込まれる、というのが定番だ。職業ものでもできなくはないが難しい。その上、職業ものの物語は台詞やナレーションが多いが、マンガなら吹き出しの面積を多くすれば済むところを、アニメでは声優が喋らないといけないので、尺の制約が厳しくなる。

もちろんアニメで実現する場合もある。しかしその場合、原作付きマンガなどを移植する形が多くなる。アニメの方が制作規模が大きく小回りが効かないため、マンガ雑誌のアンケートである程度淘汰されて、ヒットしたものだけ放送するのが確実だろう。これは例えば、原価が安い海外から輸入するとか、企画・制作の一部のアウトソーシングと、同じことなのかもしれない。

今度は視聴者側の視点から見てみよう。特定の職業より学生の方が、視聴者が共有している経験というインフラが存在する。もちろんアニメだから低年齢向けとは限らない。アニメDVDを買う層は社会人だろう。しかし、学生という職業*2スキーマ*3は簡単に忘れないので、大幅に説明を省けるし共感も呼ぶ。それにオタクの嗜好として、思春期を回想する方が好まれるし、登場人物も特に女性に関しては若い方が好まれる。従って「現代学園異能」はかなり効率的なフォーマットだと言える。

こうした制約を乗り越えてヒットするような職業ものアニメは、人間の普遍的な欲求に根ざしていることが多い。例えば「美味しんぼ*4なら「おいしいものが食べたい」という、誰もが関心があるものが題材になっている。「ブラックジャック」などの医療系もやはり、「病気になったら苦しい」というのは人間のハードの部分で共通しているので、誰にでも訴えかけるものがある。

そこまで行かないと、ニッチなジャンルでマイナーに留まるか、既存のアニメの枠組の内部でのバリエーションという形が多い。例えば「パトレイバー」は、あくまでロボットアニメの文脈で職業的な部分を強調したに過ぎない。「攻殻機動隊」は大型人型ロボットをメインにしないので、この点でやや異なる。*5

それでは、オリジナルの職業アニメは、結局あまり実現しないということか。結論としては、やはり既存の商業アニメに関しては、当分その傾向が続くだろうと考える。しかし、個人アニメでは実現できるのではないか。掲示板のネタをFLASHアニメ化するというのは既に行われているので、職業を題材にしたアニメができる余地がある。例えばブログをアニメ化するとか…。もっとも、現在のFLASHアニメは「やわらか戦車」的な方向性なので、それはまだ可能性に過ぎない。

*1:ただし、チャンネル数の増加という形で、横に広がっていくことは可能だ。衛星放送による多チャンネル化からGyaoYouTubeまで、時間枠の制約がなくなっていく動きはある

*2:実は学生はサラリーマンをも超える、経験者数が最も多い職業ではないだろうか。例えば、専業主婦も多いが女性に限られる。そうしてみると、実は学園ものというのも職業ものの一種と捉えることができる

*3:学校にはどんな施設があるかとか、どんな授業があるかだとか、教師や生徒などの役割だとか、色々な枠組みに関する知識

*4:主人公とヒロインは新聞社の社員なので、厳密には職業ものというより専門ものとでも呼んだ方がいいかもしれない

*5:というかこれらも原作ものだが…。オリジナルもので割と最近のロボットアニメでは「地球防衛企業ダイ・ガード」がある