アニメ版『つよきす』は外伝

青ひげノート - 「つよきす」から見る自分勝手な原作ファンに対しての憤り
つよきす(アニメ公式)
つよきす(原作)


アニメ版『つよきすCool&Sweet』(以下つよきすCS)は「大根」である。原作を演じるのが下手なのだ。例えば異例のシャッフル構成をした『涼宮ハルヒの憂鬱』の場合でも、原作者を交えて密に構成会議をしていたから、原作未プレイを公言するつよきすCSとは大違いだろう。原作と大幅に方向が変わる場合、まずつよきすCS制作者が「可能性を模索」することで、それに合わせて原作からの視聴者も可能性を模索する。


ハルヒは特殊な例かもしれないが、『ゼロの使い魔』くらい原作が生かされていれば文句はない。あれも構成と細部*1が多少違うが、そこまでの逐語訳は求めない。要するに、原作の改変は基本的にアリだと思うが、それが「一から作ると面倒だから、原作の上っ面と人気だけ借りよう」みたいなことなら、少し違う。つよきすCS第一話を見て「これはアニメ化というより同人化*2では…」と感じた。


もう少し原作に即して具体的に見てみよう。原作の登場人物は、全体的にキツめで、例えば祈の「いじめはありません」も、夜中のロッカーでカニに言うから面白いのだ。またペットを食うカニ(やそのマダム)のミもフタもなさとか、人間やめかけたフカヒレの痛さなどが、少しも感じられない。それと原作で橘平蔵と土永(オウム)が同じ声なのは、声優をケチったとかではなくて(そもそもエロゲにしては男性陣が破格に豪華だ)、父性のパロディ(例えばよく説教をする)になっているのに、つよきすCSでは「サングラスを掛けて騒ぐ鳥」という類型に落としてしまっている。それら(父性とか)は単なる断片的で趣味的な設定なのではなく、「ツンデレ」というテーマ*3に関係がある。例えば、なごみのシナリオとか…。


別に原作をプレイしている方が偉いとかはないし、アニメ版は何でも原作に忠実でなければならないというわけではない*4。だが少なくとも、DVDのアオリ文句の「ゲームの世界観を忠実に再現します!」はおかしい。むしろ、「ドラクエ」に対する「トルネコ不思議のダンジョン」のような位置付けと捉えた方がましだろう。要するにつよきすCSはつよきす外伝なのだ。そうして別物と考えれば、CSも見れなくはない。演出がやや古いが、テンポは良く、全体的には並の萌えアニメだ。それに、大根というのは(原作から見た)演技の話であって、ヒロインたちが可愛いということとは矛盾しない。ただ、もし主人公の「大根」が意図的なもので、原作をわざと大根に再現するということなら、無自覚にズレるより望みがあるかもしれない。

*1:例えばノートを東京に置いて来るとか

*2:同人がダメなわけではないし、原作を凌駕する二次創作もある。そもそも原作はプレイするだろう

*3:本当は「つよきす」のキャラはツンデレとも少し違うと思うけど

*4:以前「おとぼく」の件でも言ったと思う。またあの場合は配役が話題になっていたので今回とは少し違う