萌魔導士アキバトロン(10)

「499」
志朗がつぶやくように数えている内に、ドアが開くときに特有の蝶番がこすれる音を聞いた。それは部屋の主の彼にしか分からない。例えば点けっ放しのTVはたとえ消音していても、ブラウン管が発する独特の音によって分かる。NTSCの同期信号が彼の可聴域に入っているのだ。ベッドに足音が近づく。数えるのを中断し、目を閉じたまま人の気配に対して神経を研ぎ澄ます。濡れているのか、水がしたたっている音がする。水滴が落下するわずかな音も聞き逃さない。それとも幻聴だろうか。


ベッドのかたわらに立つ。瞼を閉じていても月光をさえぎっている人影を感じる。泥棒だろうか。しかも、変な匂いと空気音もする。眠くて身体が思うように動かない。起きた方がいいか起きない方がいいか。どちらが安全だろう。うまく思考がまとまらないまま、嫌な気配だけがアンプを通したように増幅して肌を圧迫する。偶然、壁越しに自分の噂話を聞いてしまうときのような、嫌いな兆候の存在感だけが伝わってくる。


意を決して振り向くと、少女のシルエットがスイカと棒を持って佇んでいる。夏には早い。匂いはそのスイカからする。空気音は、長い髪が一房揺れる少女からだ。だんだん音が大きくなる。つぶやきだ。単調に繰り返されるが、数でも数えているのか? よく聴くと、ものすごい勢いで泥棒猫、泥棒猫、泥棒猫と言っていた。何を取ったと言うんだ? ふいに呪文の雨が止んだ。スイカを放り投げられる。重い。


暗くてよく見えないが、スイカには顔がついている。不気味な果物だ。いや、これは…! 逃げようとするが金縛りにあったように身体が動かない。少女の高笑い。聞き覚えのある声。必死にもがく。身体がびくびく痙攣したまま瞳だけ見開いた。萌の頭が腹に乗っている。しかし、胴体とちゃんと繋がっている。夢! 大きく溜息をついた。こいつ重くなったな。もう子供じゃないんだからこれはまずいだろう。止めろと言ってるのに。天使のような寝顔の萌。髪の毛をくしゃくしゃする。フルーティなリンスの香りが広がった。


   (続)