デフレで失われた十年

デフレで失われた十年

インフレバージンな私たち - Chikirinの日記

まとめると、
勝ち組やまじめな人が損をし、
負け組にはあまり関係なくて、
悪い人が得をするかも、
となるわけです。

不適切なまとめ。

九十年代後半からの長期デフレによって、「まじめな人」や「負け組」が損をしてきた。インフレ=物価上昇と単純に捉えているならば、デフレ=物価下落だから良いという単純な価値観になるかもしれないが、実際にはそうではない。いわゆる「デフレ・スパイラル」のように悪循環が生じる。

デフレになっても、金融資産・負債の名目価値は下がらないため、実質的に価値が上昇する。すると、所得移転が起こるし、消費意欲・投資意欲が冷め、資源配分に偏りが生じる。不良債権処理も進まないし、国の債務条件も悪化する。もちろん膨大な借金は問題だが、デフレのままでは解消できない。

また賃金の下方硬直が、企業の債務処理の優先や消費の控えと重なって、リストラや雇用の非正規化という形で社会問題化する。デフレがロスジェネ(ロストジェネレーション)世代を生んだ一因になっていたのである。その雇用環境の悪化が、少子化や自殺などの問題にまでつながっていく。

貯金があるとまじめで、借金があるとふまじめだ、とは限らない。消費意欲や投資意欲が減退し、新規事業が行われないと経済に悪影響がある。そもそも日本人の過剰貯蓄はデフレの一因でもあるだろう。だいたい、いくら個人に貯金があっても、先述のように企業がリストラを促進すれば元も子もない。

ちなみに、長期的に金利も上がるため貯金で損しないはずだ。また、年金には物価スライドがあるので、インフレでは困らない。ただし、2004年の年金改正でマクロ経済スライドが導入され、少子化・高齢化の影響を反映して受給費が抑制される。

「希望はインフレ」か?

これで日本政府がインフレを忌み嫌う理由がわかりますよね。「インフレは、日本で“徳”とされている価値観をぶっ壊す可能性がある」からです。「こつこつまじめに働いて、貯金をする」ということのばからしさを存分に教えてくれる。だからインフレには意地でもしたくない。

日本政府がインフレを過剰に避けるのは、「まじめな人」や「徳」の価値観を守るためではなくて、単に官僚・公務員・資産家などにとってデフレの方が有利だからだろう。そのような政府がデフレを問題視していたわけだから、よほど深刻だったのである。

それでは、これから到来するかもしれないと言われている、インフレが来れば明るい未来になるのか。単純にそうともいえない。というのは、スタグフレーションになる可能性があるからだ。

これから到来すると予測される物価上昇の要因としては、原油価格の高騰、バイオ燃料化による穀物価格の上昇、新興国の需要増加による資源不足、といった要因が挙げられるだろう。これらは日本にとっての外的要因であるため、物価高と不況が同時に来る可能性がある。

実は消費者物価指数では今までさほど物価の値上がりは見られなかった。ただし、技術革新の激しいデジタル製品などが平均を下げており、エンゲル係数の高いだろう「負け組」にとっては、食料品などの値上げの方が痛い。

しかし、それよりも、小売りが本来上がる価格を上げずにリストラで耐えているという側面が大きそうだ。すると消費から労働の方にツケが回っているわけで、単純に物価が上がってないから良い状況だとも言えない。

ところで、たしかに戦争よりはインフレに期待する方が平和的だが、インフレで一発逆転できるとは限らない。借金が有利になるかといえば、長期的には金利も上がるだろう。

かりにハイパーインフレになったとしても、証券・不動産・貴金属・外貨資産などでリスクヘッジができ、早い時期に物資の買い占めもできて、海外にも逃げられる金持ちは生き延びられ、リスクヘッジも何もないその日暮らしの底辺層の方が深刻ではないか。

結論

「前門のデフレ、後門のインフレ」といった感じだが、それではインフレもデフレもどっちもどっちなのだろうか。そんなことはない。金融政策で名目金利はゼロより下げられないため、数%インフレの方がよい。

見た目の物価が低くても、価格調整が機能せず、雇用など他にツケが回っていれば、現実問題として困るのである。したがって、インフレを過剰警戒するより、デフレを脱却する方が先だと思われる。

付論・競争社会は若い方が強いか

国に泣きつく若者達 - Chikirinの日記

普通はね、自由競争に近いほど若い人は有利なはず。たとえば原始社会だったら、若い人は獲物が獲得できるけど、(……)繰り返すけど、規制がないほど、自由主義であるほど、競争主義的であるほど、若い人が有利なはずなんです。(アメリカで若者より中高年が有利なんて誰も思わないでしょ?)

こちらは過去の記事だが、印象で適当なことを言ってないだろうか? 日本の金融資産の8割以上は50歳以上の高齢者が所有している。若年層の貧困はアメリカでも問題になっている。資本主義では資本が多い方が強い。

資本が鍵であるというのは、金融市場が未発達で重工業が産業の中心だった時代(に発達した経済)の理論です。現在では企業を興すのに膨大な資本は必要でないですし、大きな研究費が必要なバイオなどの産業でも、能力のある人にたいして世界中から資本が集まります。

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/comment?date=20080426#c

これも適当。過去の資料によると、技術系ベンチャーよりバイオベンチャーの方が、設立時の資本金が多いというが、これは資金調達が困難だからだろう。また技術系よりバイオ系の方が、年齢も高い。これは、大学や公的研究機関で成果が出てからベンチャーを設立するからだろう。

関連書籍

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まず、プロのライターが無料のブログを書くことについて問題。

僕は元々実用系の無記名仕事がメインのライターなんだけど、ここ数年は名前を出して仕事をするようになり、自分の名前で本も出した。このような仕事はブログがあったからできるようになった。無記名の仕事が多かった時代も、単著を出したいという思いは強く、さんざん売り込みをかけていたけど、まったく取り合ってもらえなかった。

gotanda6さんに比べたら(比べなくても)とても駆け出しなのですが、自分もブログを営業ツールにしたいと思っていました。それに、営業コストが意外と大きいということを実感しています。

営業先の分野・媒体に関する下調べだけでも多大な労力が掛かり、載れるかどうか分からないのに資料代と調査の時間がかさみます。歴史のある雑誌だと、そこの編集者・ライターの知識水準を追い越すのは、新人にはほぼ無理です。

この営業コストの問題を解決するのは専門特化です。しかし無名だと、専門に詳しいこと自体を説明するのが、相変わらず大変です。そこで、ネットで分かると話が早くなります。ただ、ブログを営業用にすると言葉を選ぶ必要があるのと、ブログを更新するだけではなくサイトに凝縮する必要があるでしょう。

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あと、「プロのライター」というものに対して、ちょっと問題意識が違っている。記名で原稿を書くような専業ライター(つまり「プロのライター」)は、いま急速に喰えなくなっていて、下手すりゃ将来的には専業ブロガーよりも職業としてなりたたない(飯が喰えない)状況になりかねない。

gotanda6さんよりずっと経歴が浅いので、業界の内部事情は詳しくないですが、資料によると雑誌広告の売上をネット広告が抜いたので、将来的に専業ブロガーが職業として成立する可能性はあると予測しています。ブログと二足のわらじを履きたいのは、出版市場が縮小して、原稿料が据え置きなためです。

そして、ブロガーとライターの相互作用を期待します。ブログを書くことで下調べや構想にして(何かの下請けのように)、逆にライターとして書いて余った材料をブログに使う(牛丼屋がバラ肉を使うように)という、好循環による効率化の余地があると考えます。

これは、マンガ家における同人誌と商業誌のような位置付けだと捉えています。それに、マンガを原作としてアニメ化したりするメディアミックスというのが常態になっていて、ブログも書籍化などしていますから、以前より境界は乗り越えやすい気がします。

石田衣良化」(ライターを通して副業をゲット)

しかも、雑誌業界は前よりも風通しが悪くなっているから、仕事は下の世代のライターにはなかなか回ってこない。それでもライターで食っていこうとするなら、ライターを通して副業をゲットしていくしかない。それをうまくやることを僕は石田衣良化と名付けている。

イケメンの石田衣良氏と同一視などしたら恐れ多く、「ふー、びっくりした」と言われてしまうでしょうが、副業ゲット作戦自体は考えています。今度出る新宿ロフトトーク・イベントが副業(ライティング以外の仕事)になりますね。

あと同人流通で何か作りたくなってきました。専業同人になるわけではないですし、たとえば失敗したとしても、それをネタにまた何か書いたり、とにかくサイクルをつなげたら何とかなるかもしれない、という気持ちです。

将棋でたとえるとこんな感じです。そっぽの駒を取りに金銀を打つより、歩でと金を作る方が遅くてぼんやりしているようで、意外と確実に利いてくるというような……。つまり、権威ある雑誌(金銀)に載ろうとしてすごく苦労するより、誰でもできそうなこと(歩)で成り上がっていく方法を考えています。そもそもブログは誰でも書けますし。

「ライターの肩書き出世問題」

ライターの肩書き出世問題 - 【B面】犬にかぶらせろ!

まあ、それはともかく、ライターという肩書きって先詰まり感があり、多くの同業者が次第に別の肩書きへと出世していきます。だってライターって肩書きだと、あまりテレビや新聞にコメントを求められなさそうでしょ。

(……)今日から僕の肩書きは「ケータイ小説評論家」ということにします。ケータイ小説評論家の速水健朗です。さっそく名刺に刷るぞ。

gotanda6さんの「ケータイ小説評論家」は鋭い! 新興ジャンルは需給ギャップがありそうですし、その分野を独占できる可能性があります。最近できたものというと、「ニコニコ動画評論家」とかもありそうです。というか、なぜ「ブログ評論家」を見かけないのでしょうか。ブログ(でしか書けない)評論家、という風に解釈されてしまうからでしょうか。

今度出るトーク・イベントでは「萌え理論家」という肩書きなのですが、これは基本的にイベントを開催する芸能事務所がつけてくれたものです。これか「萌え文化評論家」みたいなものを将来肩書きにするかもしれません。ただ、今の自称は「フリーライター」です。肩書きを変えるタイミングは単著が出たときだと思っています。