映画『怪談』 ――江戸の情緒と女の情念

概要

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情報
紹介

『リング』の中田秀夫監督が初めて手がけた時代劇ホラー。原作は天才落語家・三遊亭円朝の名作「真景塁ケ淵(しんけいかさねふち)。女の愛の深さがひとりの美しい男をがんじがらめにして、地獄に落とす物語。豊志賀を演じるのは黒木瞳。そして新吉を演じるのは尾上菊之助。着物姿、立ち姿、流し目も美しく、色男・新吉役はまさにハマリ役。ほか麻生久美子瀬戸朝香井上真央など。『四谷怪談』ほどのオドロオドロしさはないが、背筋がゾクッとする美しい情念ホラー。(斎藤香)

物語(あらすじ)

注意:以下、ネタバレあり)

出会ってはならない、愛し合ってはいけない運命の二人。深く激しい愛が巻き起こす陶酔と戦慄の物語。
若く美しい男、煙草売りの新吉。艶やかで凛とした三味線の師匠、豊志賀(とよしが)。
江戸の街で出会い、燃えるような恋に落ちたふたりは、実は親の代から続く不思議な縁で固く結ばれていたのだった。
ところがある日、若い弟子・お久と新吉の目配せをみた瞬間、豊志賀の心に嫉妬の炎が点り始め、
新吉と言い争ううちに美しい顔に傷を負ってしまう。傷は治らず大きく腫れ上がり、
やがてかわり果てた姿で豊志賀はあの世へ一人寂しく旅立ってしまう。
新吉に残されたのは「この後女房を持てば必ずやとり殺すからそう思え」と怨みのこもった遺書だった。

解説

江戸の情緒と女の情念

 三遊亭円朝の『真景塁ケ淵』を原作に、『リング』の中田秀夫が監督を務めた作品。同作のプロデューサ・一瀬隆重がプロデュースした『Jホラーシアター』シリーズ・第4弾としてリリースされた。

 時代物なので、江戸の情景と人々の情緒を細やかに描いている。たとえば、雨宿りをしながら話す新吉と豊志賀。雨が雪に変わると、新吉は去ってしまう。あるいは、三味線の稽古中。庭に咲く紫陽花を、新吉が一輪切り取り、お久に渡そうとする。さらに、新吉とお久が花火を見るシーンでは、カメラが上昇して、江戸の街を見下ろす。詩的な情景だ。

 「ずっと、ずっと、ずっと、あなただけ」*1というコピーが示すように、ロマンス色が強い。官能シーンもある。したがって、前半にホラーシーンはほとんどなく、もっぱら江戸情緒と色恋沙汰が描かれる。これには、ホラーはホラーに徹底して欲しいとか、時代劇はテレビでも流しているから要らない、といった意見もあるかもしれない。

 しかし、個人的には満足した。江戸の描写に成功していたからだ。セットや美術も良かったし、演技面では尾上菊之助(五代目)が特に良かった。歌舞伎役者だけあって、立ち居振る舞いが素晴らしい。「粋(いき)」な雰囲気が漂っている。その演技の「艶」は、女優陣より勝っていると感じた。

 もちろん、女優陣の演技も悪くないが、どこか現代人の演技だと分かってしまう。だが、尾上菊之助は顔立ちも浮世絵のようで、まるで江戸に生きているようだ。たんに和服を着てかつらをかぶる、というだけではない。身体動作のひとつひとつが洗練されていて、一挙手一投足で江戸を感じさせるのだ。

 ホラー色が強まる後半、豊志賀の幽霊よりも、蛇が見えるといった新吉の幻覚が、恐怖シーンの中心になる。『リング』ほど強烈ではないが、真綿で首を絞めるような、恐ろしいイメージが印象に残った。たとえば、お久と羽生へ向かう途中、橋の下から見上げると、豊志賀の視線が橋げたの隙間からかいま見えるシーン。

 たとえば『リング』の貞子と違い、豊志賀は新吉に対して、憎しみだけではなく、愛憎の感情を抱いている。間接的な恐怖を主にしているのは、そのためだろう。新吉の女房か女房になりそうな女を、新吉自身の手で殺させる、という殺し方が2回も現れる。

 これには、新吉の恐怖心もあるが、豊志賀の嫉妬心の現れでもある。豊志賀の倒錯的な欲望が、新吉を通じて実現されているのだ。というのもたとえば、新吉のいない間に、豊志賀が女房を直接殺しても、話の辻褄は合う。しかし、それだと、肉体的に死んでも、精神的には新吉の恋人のままである。

 そうではなく、新吉に自ら殺させることで、恋愛関係が破綻することを、新吉に思い知らせるのだ。さらに、少し違った角度で見てみよう。「この後女房を持てば必ずやとり殺すからそう思え」という恨みのこもった遺書にしても、「とり殺す」で終わっていても意味は通じる。

 「そう思え」と付け加えるのは、思うことに力点が置かれているからだ。たとえば、それくらい自分は恨んでいるのだとか、新しい女房を持とうなどと考えずに諦めろとか、ネガティブなものであれ、思いを伝えようとしている。このあたりに、女の情念がにじみ出ている。

 登場人物を殺したり、怖がらせたりすることだけに気を取られて、人間の心理を表現することを忘れてはいけない。たとえば、本作においては、羽生に向かう途中の「(豊志賀が)ついてきてる」という台詞に、豊志賀の執着心が表現されていた。

 広い意味で、時代物は人情話がベースになる。その人情の過剰な部分が笑いなら落語になるし、怖さなら怪談になるだろう。これがたとえばSFなら、感情のないロボットが襲ってきても成立する。しかし、時代設定が固定されている時代物においては、人間をどう描くかという部分が重要になるのだ。

 終盤、大立ち回りの殺陣が出てきたのは意外だったが、迫力がある。全体的に丁寧に撮られていて、良作だと感じた。Jホラーで時代劇というのはわりと珍しい。ジャンルの幅を広げる貴重な一作だろう。

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*1:同じ監督が撮った『仄暗い水の底から』の「ずっとずっといっしょだよママ」とよく似ているが