映画『オトシモノ』 ――Jホラーのトンネルを走り抜ける暴走列車

概要

オトシモノ [DVD]

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情報
紹介

かつてトンネルで起こった出来事が引き起こしていく怪事件を、巻き込まれた少女と真相を探ろうとする運転士を中心に描く怨念ホラー。恐怖を軸にすえながらも、内気なヒロインと活発なクラスメイトが事件を通して友情を結んでいくエピソードは、この映画のオアシスのような存在だ。恐怖のヴィジュアル作りがうまく、真相が明らかになるにつれ、怖さは倍増。とりつかれた少年の顔など、恐怖描写がしばらく頭に焼きついて離れないほどだ。主演は沢尻エリカ。ほか若槻千夏小栗旬杉本彩が共演。監督は黒沢清監督の『ドッペルゲンガー』の脚本も手掛けた古澤健。(斎藤 香)

物語(あらすじ)

注意:以下、ネタバレあり)

 ある日、木村奈々(沢尻エリカ)の妹・範子が、落とし物の定期券を駅の事務所に届けた。そして、行方不明の友達を見かけた、と姉の携帯にメッセージを残して、消息を絶つ。

 奈々のクラスメイト・藤田香苗(若槻千夏)は、恋人からプレゼントされたブレスレットが、手首から外れずに困っていた。じつは、その腕輪は、恋人が拾った落とし物だった。

 電車の運転士・久我俊一(小栗旬)は、水無駅トンネルで人影を発見。電車を緊急停止させ、確認しようとしたが、人影はこつぜんと消えてしまった。そのようなことが何回か続き、俊一は運転業務から外され、落とし物の管理業務へと回される。

 やがて、奈々、香苗、俊一の3人は知り合い、謎に迫っていく。そして、駅で行方不明になった者たちが、みな青沼八重子という女性の定期券を拾っていた、という事実に突き当たるが……。

解説

幽霊、行方不明、オトシモノ

 本作の幽霊は、「オトシモノ」、つまり公的空間から脱落したものの象徴となっている。そもそも、行方不明者というのはある意味で、人間の「オトシモノ」である。

 それに、元運転士・俊一と、管理室の先輩・川村(板尾創路)は、幽霊に対して見て見ぬ振りができずに、落とし物の管理業務という閑職に回された。そして、奈々と香苗は、まわりから置いていかれる、という疎外感を語る。これも「オトシモノ」になる恐怖だ。

 また、設定には、「深川」「水無」「青沼」といったように、「水」に関係する単語が使われている。たしかに日本のホラーは水と縁が深い*1。だが、もし意味があるのなら、言葉だけでは物足りない。映画なのだから、川や海、雲や雨、あるいは洗面所や浴室など、水のイメージがもっと画面に欲しい。

 とくに、人間の生死を表現する水である「血」は、強いイメージ力を持つ。だが、腕を切っても血が全く出ないなど、不自然なまでに血を見せない。ただ、これには、規制か興行上の問題があるかもしれない。

 本作は画面構成に凝っている。冒頭にあるトンネルを抜ける電車視点のショット、香苗の恋人が電車にひかれるスローのショットなど、怖いだけでなく、視覚的な快楽を追求している。こうした耽美的ショットは、黒沢清の影響を受けたものだろう。

 物語面でも、快さを優先している。女性同士の友情を描いたこと自体は、ホラーというより青春物のテイストだが、これには興行面の事情があるかもしれない。せっかく沢尻エリカ若槻千夏が共演しているし、青春物のカラーを出そうという発想も理解できる。

 それに、物語面の視点でみると、「オトシモノ」になりそうな奈々が、なぜ助かったかと言えば、それは脱落者同士で団結したからだ。「捨てる神あれば、拾う神あり」といった感じで、上記の疎外感をフォローして、視聴後の後味が良くなっている。これはこれでアリだろう。

Jホラーのトンネルを走り抜ける暴走列車

 全体的に、わりとテンポよく進行するが、謎が回収されないまま進んでいく。たとえば、川村が話しかけたトンネルの謎がまるまる残った。

 最後に「見た」というだけでは、決着がついていない気がする。対立が解決しないため、俊一の存在感も薄くなっている。ただ、説明しないほうが怖くなるとか、次回作のために謎を残す、といった思惑もあるかもしれない。

 ただ、劇場ではまず見逃すだろうが、推測を可能にする伏線も入っていた。たとえば、青沼八重子が落とした定期券には、昭和44年、31歳とある。したがって、彼女は昭和13年生まれ。物語における現在が2006年だとすると、その子供が生きていれば37歳。そこからある人物の正体が推測できる。

 物語は中盤まで、Jホラー的演出が続く。すなわち、実話怪談や心霊現象ものの枠組を利用した演出をほどこしている。具体的には、ビデオに霊が映ったり、写真の顔に影が落ちたりする。無関係な人々が呪いの連鎖に巻き込まれる、という話の大筋も、Jホラーではおなじみだろう。

 だが、終盤の展開は、Jホラーを大きく逸脱している。終盤で突如、大風呂敷が広がる。これには意表を突かれた*2。その終盤の設定は、クトゥルフ的な世界観を思わせるが、公式では鬼子母神という設定らしい。

 日本のホラー映画において、駅という舞台はわりと珍しいが、終盤の設定も珍しい。Jホラーというトンネルを、暴走列車で突き抜けた一作だった。

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*1:日本の神話にも、水(海)と関係した話題が出てくる。これは、日本が島国だから、というのはあるだろう

*2:劇場ではまず見逃すだろうが、前半の段階で、後半の展開を予告するカットが、一瞬だけ入っている