映画『リング』 ――貞子に見る新しい幽霊像

概要

リング [DVD]

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情報
紹介

日本映画界にホラー・ブームを巻き起こしたヒット作。鈴木光司のベストセラー小説が原作。女子高生たちの奇怪な死を追っていたテレビ局員、松嶋菜々子が演じる浅川玲子は、高校生たちの間に見たら1週間後に死ぬビデオがあるという噂が広がっていることを知る。問題のビデオを発見した浅川は、それを見てしまった。

別れた夫の協力を得てビデオの謎を解明するうちに、超能力者の悲劇的な死とその呪いにたどりつく。1週間という限定された時間で謎を解かなければならないというサスペンスによって、単なる驚かしや血生臭い描写に頼らない心理的な恐怖を描いている。ビデオに映る粗い画像と、真夜中に暗い部屋でテレビを見つめる子どものシーンが恐怖を増幅する。(堤 昌司)

物語(あらすじ)

注意:以下、ネタバレあり)

 再生して見ると一週間後に死ぬ、という噂がある呪いのビデオテープ。テレビ局員・玲子は、それを取材していた。しかも、彼女の親戚にあたる少女・智子が、そのビデオを見た後に死んだ。

 玲子は、智子がビデオを見た伊豆の貸別荘へと調査に行く。そこで発見したビデオを視聴して、自らも死の呪いを受けてしまう。そこで玲子は、別れた夫であり、超能力を持つ大学講師・高山竜司に助けを求めた。

 竜司は、ビデオの映像を解読して、三原山の噴火に関係があると突き止め、玲子とともに大島へと向かう。大島には、千里眼と呼ばれる超能力を持っていたため、人々から迫害されていた山村志津子という女性がいた。そして、ビデオテープの映像は、彼女の娘・貞子が念写したものだったのだ。

 はたして、宣告された死が迫るなか、玲子たちは貞子の呪いから、逃れられるのだろうか……!?

解説

貞子の幽霊像について

 「貞子」という有名キャラクターを、世間に広く認知させた作品。一般にも知名度のあるホラーキャラクターという点では、洋画で言えばジェイソンやフレディに相当するだろう。ではなぜ、貞子はそのように人気があるのだろうか?

 まず前提として、白い服の女幽霊というのは、たとえば円山応挙の幽霊画に見られるし、「不遇のうちに死んだ女が、人を呪い殺す」という話の筋も「四谷怪談」にすでにある。江戸時代からすでにある伝統的な幽霊のイメージだ。

 しかし、貞子が新しいのは、テレビやビデオといった、現代のメディアを媒介にして立ち現れる*1ところだ。だから、貞子が有名なのは、すでに共有された偶像と状況を下敷きにしているため一般に普及した、つまり伝統の継承に成功したからだと私は捉えている。

 そして、他作品のホラーキャラクターに貞子ほど知名度がないのは、白い服に黒い髪の女幽霊が出ることと、ネットやケータイを通じて呪われる、ということの両者が上手く結びついていないからだろう。どちらか一方では、伝統の継承にならない。

 だから、伝統的な意匠と現代の環境をどう接続するかというのは、『リング』以降の現代ホラーにおけるひとつの焦点*2なのだ。

ビデオの呪術観について

 ビデオテープを見ると七日間後に死ぬ、という貞子の呪いに注目してみよう。この呪いを回避するには、そのテープをダビングして他の者に見せる、という手続きが必要になる。

 これは、「不幸の手紙」の仕組みをビデオテープに置き換えたものだ。さらに抽象化すれば、「吸血鬼に噛まれた者も吸血鬼になる」といった例と同じ連鎖構造をなしている。

 この呪いの連鎖というのは、通信に限らず社会的ネットワークが発達した現代にふさわしい呪術観である。じつは、貞子の本体は、ネットワーク上の感染経路にほかならない。

 というと、分かりにくいかもしれない。だがたとえば、SFマンガ・アニメ『攻殻機動隊』を知っていれば、電脳化した草薙素子にとって、素体(身体)はひとつの端末に過ぎない、という感覚は分かるだろう。

 実体がない「ゴースト」という点では、素子も貞子も共通している。さらに言えば、音楽ソフト『初音ミク』における初音ミクとも共通している。初音ミクは身体を持たず、声とイメージのみがネット上に増殖していく。

 要するに、ネットワーク上に遍在して、自由に浮遊するキャラクターというのは、現代において理想的な存在なのだ。

モダンホラー表現について

 作中では、テレビやビデオだけではなく、電話や写真といったメディアも登場させている。

 主人公の浅川玲子が貞子のビデオテープを見た後では、彼女が写真に歪んで写るようになる。貞子に呪いを掛けられたということを、形状の歪曲によって表現している。これはモダンな表現*3だ。

 というのも、あくまで客観的な事実としては写真がただ歪んでいるだけなのであって、呪いの結果だという主観的な解釈をしてはじめて恐怖が生じる。そのように、恐怖が内在的に表現されている点で、これはモダンホラーの表現なのである。

 モダンホラー論は別の機会にやるとしても、日本のホラー映画が、かつての怪談からモダンホラーへとモデルチェンジする流れの中で、この作品は重要な役割を果たしている。

 そして、ホラーだけでなく、サスペンスも白熱している。七日間のタイムリミットに追われながら貞子の謎に迫っていき、最後のどんでん返しまで、少しも緩まずに進行していく。

 疑問点*4が全くないわけでもないが、場当たり的なショッカー、雰囲気だけのショット、なし崩しのラストに走りがちな邦画のホラーにおいて、これだけ脚本が有効に機能している成功例はあまり見ない。

 この映画は、貞子というキャラが原作で設定されている時点で、すでに半ば成功したようなものだが、脚本・演出もよく噛み合っている。『リング』は優れたホラー映画だ。

関連作品

リング (角川ホラー文庫)

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映画版脚本集 リング・リング2 (角川ホラー文庫)

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リング (講談社漫画文庫)

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*1:ただし、たとえば有名なテレビから貞子が出てくるシーンは映画版のオリジナルで、原作と映画版での違いはかなりあるが

*2:もちろん、それだけでなく、貞子の二番煎じにならないようなオリジナル要素がさらに必要だろうが

*3:少し飛躍するが、たとえば、ゴッホの作品が歪んでいるのもモダンな表現だ

*4:たとえばなぜ、玲子は女生徒を取材していたのに、ダビングすることに気がつかないのか