『紫色のクオリア』――疾走するSF恋愛ライトノベル

概要

紫色のクオリア (電撃文庫)

紫色のクオリア (電撃文庫)

自分以外の人間が“ロボット”に見えるという紫色の瞳を持った中学生・毬井ゆかり。クラスでは天然系(?)少女としてマスコット的扱いを受けるゆかりだが、しかし彼女の周囲では、確かに奇妙な出来事が起こっている……ような?

ライトノベル紫色のクオリア』(うえお久光綱島志朗電撃文庫)の書評。
未読の方への注意:以下、『紫色のクオリア』の内容に触れます

書評:ライトノベルならではの疾走感

 まず、本作品の骨格を一言で要約してしまえば、「のび太(=マナブ)が、ひみつ道具(=左手)を使って、ドラえもん(=ゆかり)を、助けに行く」という話。

 だがそこに、量子論系SFから平行世界という物語装置を導入し、それをループもののように運用し、百合的な恋愛要素を織り込み、それをヤンデレ気味に暴走させ……、と様々な要素を詰め込んだ。

 現代ラノベの先端を行く作品だと思う。じつは、「クオリア」などの専門用語の拡大解釈も見られるが、エンターテインメントとしては全く問題ない。

 本作は非常に密度が濃い。第1話に相当する「毬井についてのエトセトラ」を膨らませるだけでも、一冊のラノベにできそうだ。しかも、そこに第2話「1/1,000,000,000のキス」が加わり、通常のラノベ3冊分くらいの物語が凝縮されている。

 それに、本書は非常にテンポが良い。特に中盤から、駆け抜けていくように展開する。ページをめくるのが全く苦にならない一方、ページをめくるのがもったいなく感じた。

 そのように、中だるみを全く感じないのは、巧みに構成されているからだ。たとえば、ときおり入れられる予告的な独白が、サスペンスの効果をかきたてる。さらに後半では、たった数ページで、状況が簡単にひっくり返ってしまう。

 つまり、予告されているにも関わらず、良い意味で期待を裏切られてしまう。

 本書が物語を高速に進めることが可能なのは、それだけ圧縮している部分があるからだ。たとえば、特に後半では、人物の会話、どころか行動やその背景までが大胆に省略されている。決して散漫な会話をして、物語を停滞させたりしない。

 また、主人公・マナブの一人称視点で、最初から最後まで通しているところも、スピード感につながっている。ゆかりやアリスに視点を移して、各人物の事情や情緒を描く、ということを全くしない。

 そうしないのは、物語の進行方向が、マナブがゆかりを助けるという、一点に絞り込まれているからだろう。ときに非情と思えるほど、マナブの目的意識が明確なため、ストーリーの軸が全くぶれない。

 後半に入るとループ的な展開になるのだが、わざと回り道をさせられる感覚がない。「トライ&エラー」を繰り返していても、全く同じ失敗は繰り返さないからだろう。

 そして、平行世界を導入する際に、記憶は維持・共有されるという、平行世界をメタに見るパースペクティブをも、暗黙のうちに導入している。まあ、平行世界もののお約束のひとつだろうが、これもストーリーを前進させるのに必要な条件だ。

 そのように、構成が洗練されているために、トリッキーな設定を用いつつも、常に物語が進み続けている。特に、後半の加速感と、設定のエスカレートは必見。そして最後は、ふわりと着地する。

 『紫色のクオリア』を読むと、自動車を全速力で走らせ、狭い小道を通り抜けつつ、最後は王道に戻ってくるという、そんな疾走感が味わえる。

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