幼なじみキャラが輝く時

概要

エロゲに関して最近考えたこと - tukinohaの絶対ブログ領域

自己意識を確立するためには「私」の存在を承認してくれる鏡のような他者が必要(〜)そういう鏡のような他者こそがエロゲのヒロインである、と言えるのではないか。

美少女ゲームのヒロインが鏡像的他者でありうるというのは、私もそう思います。この記事では、特に「幼なじみ」の類型を例にして、ヒロインの存在について考えます。

美少女ゲームヒロインは想像の産物

男にとって女は他者である。だが、美少女ゲームのヒロインは、男(のプレイヤー)にとって、「美」でない要素を捨象されている。つまり、他者とはいっても、現実にいる他者ではなく、プレイヤー内部の観念を反映した他者、すなわち「鏡像的他者」である。

さらに言うと、彼女らはゲーム初期ではまだ鏡像関係にならず、他者性抜きの他者、すなわち「異者」であることが多い。異者というのは、極端な例で言えば、「ワレワレハウチュウジンダ」と言う宇宙人がそうだ。もし現実に宇宙人がいても、そもそも言葉が通じるかどうか怪しい。だから、単にセリフをカタカナにしただけの、我々の想像内の宇宙人なのだ。

それと同じで、美少女ゲームのヒロインも、基本的にはプレイヤーに都合の良い想像の産物である。しかしだからといって、それだけをもって「現実に帰れ」などと批判するのは短絡的だろう。というのも、そう言う場合はたいてい、純真な子供を出して泣かせに走るシーンだとか、他の類型が念頭にないからだ。

下ごしらえが済んでいる料理

幼なじみキャラは、おそらく美少女ゲームで最もメインヒロインになりやすいキャラだろう。それは、プレイヤーにとっても、シナリオライターにとっても都合が良いからではないか。

たとえば、幼なじみキャラは、下ごしらえが済んでいる料理のようなもので、いつでも食べられる。すなわち、幼なじみはゲーム開始時点で、主人公とすでに互いに親しい関係にあり、いつ恋愛関係に発展してもおかしくない。これは妹キャラもそうだ。

それでは、幼なじみキャラは、たんに都合が良いだけの存在なのだろうか。美少女ゲームは、ご都合主義的なキャラと予定調和的に結ばれるのを、ただありがたがっているだけなのか。たしかに、そう言う面がなくもない。

幼なじみはメインヒロインになりやすい。そこで、馴れ合いで自然とくっつき、裏切られることがない安全牌という、暗黙の了解がある。だからこそ、『下級生2』メインヒロインの柴門たまき(幼なじみにも関わらず彼氏がいた)に、ユーザは怒り狂ったのだ。

しかし、優れたキャラクターは独自の魅力がある。そのためプレイヤーは、都合の良いお話だということは分かっていても、気持ち良く騙されるのだ。具体的には、どのようなことか。

幼なじみキャラが輝く時

幼なじみ時空と幼なじみ特権

幼なじみ独自の要素を考えよう。これがたとえば、「ツンデレ」といったものなら、幼なじみでなくても、「ツンデレお嬢様」「ツンデレ委員長」など、他のキャラクターにも適用できる。

幼なじみの独自要素には、「(主人公と共に過ごした)過去の記憶」がある。つまり、現在と過去が二重化した「幼なじみ時空」を持つ。そこにいる時に、幼なじみキャラが輝く。

具体的には、主人公の言動に対して、「昔と変わった or 変わらない」と指摘できる。たとえば、主人公の奇妙な言動で笑いを取った後に、その原因が過去の事故にあると示して、物語の奥行きを深めるといったことが可能になる。主人公の歴史を知っているのは、「幼なじみ特権*1」だ。

この過去の記憶を、会話上でさりげなくほのめかしつつ、プレイヤーに対して途中まで隠蔽すれば、ヒロインに謎をもたらす。謎はプレイヤーの想像の範囲に収まらない。だから、謎という欠如が、彼女を他者にするのだ。ただし、主人公とプレイヤーの間に心理的距離ができてしまう。もしこの距離をなくしたい場合は、主人公に忘れさせる、極端な例では記憶喪失にする手がある。

過去・記憶・約束

さらに、過去の記憶が、「約束」という形を取り、それをクライマックスに持ってくるとき、幼なじみキャラが最も輝く。約束は、現実と過去に二重化した時間が一致する、幼なじみ時空の特異点である。そればかりか、未来に向けて、新しく約束する、ということもできるのだ。

そして、ここが重要だが、「約束自体が忘却されている」というシチュエーション*2になりやすい。というのも、約束を平気で破るようでは、主人公たる資格がないからだ。そこで、記憶を想起するために、「約束の場所」や「思い出の品」という物語装置が必要になる。

美少女ゲームで最も一般的な学園ものを例に、よくありそうなストーリーの流れを見てみよう。そこでは、これまで共に過ごした幼なじみのヒロインと、何らかの理由*3で一時的に嫌われたり会えなかったりする状況が発生する。そこで、主人公は、「約束の場所」や「思い出の品」を探して、ラストに向かう。

ちなみに、これがファンタジーの世界観なら、(主人公との精神的距離が原因で)ヒロインが魔物に捕らわれたり、魔法が使えなくなったり、といった状況に置き換えられるだろう。見た目が異なるだけで、同じ構造をしているのだ。さらに「特定の人物を特権化する過去の痕跡」というレベルまで抽象化すれば、「貴種流離譚」とも共通点が見られる。

まとめ

美少女ゲームのヒロインは、たしかに初見では、衣装や語尾などの萌え要素を、適当に組み合わせた存在ではある。たとえば「りゅん」だとか奇妙な語尾だけを見れば、「ワレワレハウチュウジンダ」と大差ないだろう。だがもちろん、それだけではない。物語を進める過程で、魅惑的な他者としての輪郭が浮き上がってくる。

今回は、幼なじみキャラを例に、美少女ゲームのヒロインが、いかにして鏡像的他者になりうるかを検討した。幼なじみキャラでは、現在と過去が二重化した独自のポジションにおり、そこから生じる謎や約束といった要素によって固有の存在になり、主人公(に同一化するプレイヤー)と鏡像的関係を結ぶ。

そして、この「二重化の解消」という分析結果は、他のキャラクターに応用可能だ。たとえば、義理の妹なら、兄妹と男女という二重化がある。ちなみに、「最近できた義理の妹」は、過去の記憶を共有していない家族なので、幼なじみと対照的な立場にいて興味深い。また以前、ツンデレキャラに関して、公私の二重化の解消という考察をしたので、関連記事を参照してほしい。

最後に、ヒロインが鏡像的他者でない、他者性のある他者となる可能性について見ておく。記事の序盤で触れたように、美少女ゲームはプレイヤーに都合良くできている。それなのに、たとえば他の男に走るとか主人公を殺すとか、何でもありにするのは、商業作としては難しいのではないか。だが、ヒロインの抑圧された他者性は、バッドエンドで回帰しうる。それについても、関連記事を参照して頂きたい。

*1:他のキャラでも、主人公の家族から聞く、という手はある。だが、美少女ゲームの主人公は独り暮らしである場合も多い

*2:約束が忘れられていないが、その実行が極めて難しい、というシチュエーションもある

*3:ヒロインが意図的に拒否する場合もあるし、そうでない場合もある。後者については、病気で意識を失っていたり、記憶を失っていたりするといった例が考えられる