初音ミクは声優の仕事を奪うか

音声の文字化

シロクマの屑籠(汎適所属) - 初音ミク――データベース化とシミュラークルへの限りなき欲求

 東浩紀さんは『動物化するポストモダン』のなかで、オタク達の美少女キャラクター消費形態をデータベース消費、という概念で巧みに説明した。この事はご存じの人も多いと思う。美少女キャラクターという「属性の束」から好みの情報片を抽出し、それを芯として想像力と願望に合致した二次シミュラークルを再構成して消費する、というのがこの考え方の要旨だろうというのが、私の理解である。

ところが2007年に入って、遂に女の子の声を決定的に属性化・データベース化する出来事が起こった。『初音ミク』の登場である。彼女は、遂に女の子の声をデータベース化することを許容した!というよりもその為に生まれてきたのが初音ミクなのだ。ミク…恐ろしい子

これからどんどん技術が進歩して、人間が手作業でやっていたジャンルも、機械で生成できるようになっていく、というのはみんな考えることだと思う。漫画家のアシスタント技術については、ある漫画家がマンガも将来は自動化していくんじゃないか(それが良いかどうかは触れていない)、と語っていたのを見た記憶がある。

一回性メディアの音声を、反復可能な文字(データ)に落とすことを、データベースと捉えているわけだけれど、逆から見るとカオス的というか、有限のパターンでも複雑にできるという話でもあると思う。そうすると、ただでさえ仕事が安い声優の未来は危ないんじゃないか、と考えるのも自然だろう。しかし私はそうは思わない。なぜか。

仮想化しきれない残余

あの羽生が言う、高速道路化されたけどその先は大渋滞が起きてるんじゃないか、という話はここでも適用できる気がする。つまり、すごく安くてそこそこ美味いジャンクフードが氾濫したら、手作りの味は消滅していく運命にあるかといえば、逆にそこに有難味が出てくるわけで、インスタント・コンビニな食べ物と、専門店の手作り料理と二極化したまま共存するのはありえるんじゃないか。データベースに仮想化しても、差異と剰余は消滅しない。

ただ、少なくともネットの同人声優なんかの領域では、今回の件で明確なハードルができてしまったのではないか、というのは確実に言えると思う。つまり何かと初音ミクと比較されてしまうという。でも、プログラムの分野だって、スクリプトやライブラリやフレームワークが出たから、エンジニアの仕事がなくなるわけでは全くなくて、細部の調整は必要になるわけで、そしたら音声だって同じように考えればいい。ではどんな風に?

初音ミクvsとかちつくちて

元々アニメ系の声優はアニメ声が求められていたんだけど、合成音声が登場することで、ますますキッチュな萌え声に需要が集まるような気がする。つまり、標準的で平均的で汎用的なもの(平坦なナレーションだとか)は人工音声で代替してしまうので、特殊な声を出すことこそが、人間に求められる仕事になっていくのではないか。

それって、「とかちつくちて」のような、萌えオタでなければ(ブームになる前は)見過ごしてしまうような、細部に神が宿るということなのではないかと考える。つまり、ニコ動のような場所での主導権争いは、初音ミクと「とかちつくちて」という、異種格闘技戦だか何だか分からないものになっていくんじゃないか。しかも、人間が初音ミクの真似をすることも、「とかちつくちて」を生成するソフトもできるわけで、ヘゲモニー闘争に終止符はないのである。

関連商品

VOCALOID2 HATSUNE MIKU

VOCALOID2 HATSUNE MIKU