シナリオ演出のISR分類法

まえがき

ここではかんたんなシナリオ演出法を提案してみます。
はじめにシナリオの演出を大雑把に三つに分類します。
それには人間の認識をだいたい大きく三つに分けます。


イメージ(I)、シンボル(S)、リアル(R)です。
これはXYZ座標みたいな座標軸で、こちら側が便宜上
そういう風に区分してるだけで、自然法則ではないです。
そしてシナリオの演出もこの三分類に合わせて区分します。


もちろん別の区分法もあるでしょうが、
数が少ない方がかんたんで分かりやすいし、
記号萌学らしいので、こうしてみました。


もし具のないお湯スープのラーメンのように
シナリオが味気なく印象が薄い場合は、
まず以下の要素が全くないかどうか見てみましょう。


ただし、これ以外の演出しないベースになる部分も
もちろん必要です。全部ゴシックで強調しても
かえって文章が見づらくなるようなものです。


ちなみにこの分類は物語を有するものなら、
マンガ・アニメ・ゲームやラノベなど何でも有効です。

ジャンルのISR分類

ノスタルジー(I→S)

イメージのシンボル化。曖昧な記憶を意味付ける。


回想シーンが特徴的で、画面をセピア色やモノクロにしたり、
音声にノイズを混じらせたり、再現性を減らすのが基本になる。
人を「泣かせ」る場面で用いると効果的な、典型的手法である。


ひねった手法としては、タイムトラベルを使うものがある。
バックトゥザフューチャーからドラえもんまで、過去に飛んで
感動的な場面を見せるパターンがある。またDQ5にもある。


ラブひなのようなスラップスティックブコメディでも、
「約束の少女」を回想する場面では、ノスタルジックだ。
泣きゲ」系のエロゲでは、この手法が多用される。


応用としては、記憶喪失の主人公を設定して、
少しずつ回想シーンを入れていく、
ミステリ→ノスタルジーの合わせ技など。

ミステリ(S→R)

シンボルのリアル化。記号を組み合わせて真相に迫る。


推理・探偵ものが代表するように、謎解きがテーマになる。
ミステリと関連してサスペンスがある。二つの違いは、
ミステリが未解決の謎の方に興味があるのに対して、
サスペンスは謎を抱えたまま行動する状況の方に興味がある。


だから倒叙形式の刑事コロンボでは、謎は分かっているが、
サスペンスとしての展開の面白さは残っているというわけ。
また、ひぐらしのミステリ形式は非難轟々だが、
それでも人を惹きつけたのはサスペンスの部分。


アニメ史上、ミステリを導入して最も成功したのは
新世紀エヴァンゲリオン』かもしれない。それまでの
巨大ロボットアニメとの演出の大きな違いである。


基本的には断片を示す、情報を欠落させるのが基本。
文学におけるレティサンス(言い落とし)の技法や、
映像におけるモンタージュの技法とも関連してくる。

スペクタクル(R→I)

リアルのイメージ化。存在感のあるものを具現化する。


ギャグ・ホラー・ポルノなど、過剰な演出が必要なジャンル。
最近ではスペクタクル感を出すためにCG技術が有効である。
基本的には、原色や大きな音を使って、派手目の演出をする。


楳図かずおのホラーマンガが、パロディでギャクに使われるように、
恐怖を脱力化すると笑いに転化する。また艶笑噺というのがあるが、
ポルノとギャグも紙一重である。これらは同じスペクタクルである。
「突っ込み」が軽い暴力であったり、「下ネタ」を考えると分かる。
吉田戦車不条理マンガも、過剰さという点ではやはり変わらない。


スペクタクル的なイメージは、RPGやSTGなどの、
ゲームのラスボスにも、よく用いられているだろう。
諸星大二郎の『生物都市』のような、キマイラ的ボス。
例えばFF5のネオエクスデスとか、SaGa3のラグナ。
エヴァ人類補完計画もこれ。大抵は増殖し合体する。


ハリウッド映画は、CGによるスペクタクル化が激しい。
今まで見たことがない、リアルなイメージを可視化する。
ターミネーター2の液体金属や、千と千尋カオナシは、
後に触れる幾らでも変化して消滅しない呪物と関連する。
寄生獣も、「ものまね」という点では、同じ部類に入る。

アイテムのISR分類

形見(I→S)

記念になる物。例えばラスト近くで夢落ちを使った場合、
今までの全てがパーになってしまい脱力の危険性が高い。
そんなときに、手元に何かアイテムが残ると、印象深い。


また誰か死んだときに、思いを継承し忘れないことを
分かりやすくするために、形見を渡しておくとよい。
一般に離別のシーンには形見が有効になるだろう。


もう少し応用すると、今使っている武器・兵器が、
実は死んだ親・兄弟のものだったと判明するとか。
カードキャプターさくらの、クロウカードも形見。

暗号(S→R)

物語を進行させる秘密。ヒッチコックマクガフィン
登場人物が重要だと認識すれば、実際は無意味でも良い。
エヴァにおける解明されなかった様々な謎、ひぐらし


ミステリ形式の物語では、暗号アイテムの解読が基本になる。
サスペンス色を強める場合、それを組織が狙ってくるだとか、
登場人物の失踪だとか、主人公達をピンチに陥らせると良い。


ADVゲームの定番は、フロッピーディスクとか、
鍵・写真・メモ・紙片・地図・ボイスレコーダー
など。人の手を渡って入手できなかったりする。
最初から持っている場合は、真の意味が分からない。

呪物(R→I)

溢れる生命力の象徴で、幾ら攻撃しても死ななかったりする。
または、幾らでも変化・模倣できたりする能力を持っている。
増殖し変化し暴走する、不気味なもの。生物と非生物の境界。


もともと怪物一般がこのパターン。フランケンシュタイン
継ぎはぎだらけの人体の寄せ集めだし(ただし原作では違う)、
日本の怪物=妖怪は、一般的には生命を与えられた物である。


吸血鬼・ゾンビ・キョンシーなど、怪物は感染するものが多い。
そもそも怪物像の起源に、ペストなどの大流行が影響している。
増殖し手がつけられないネットワークの恐怖を具現化したもの。


諸星大二郎が、「生命の木」の題材を扱っているのが興味深い。
死者たちの黄泉の国としてイメージされ(かまいたちの夜など)、
たいてい永遠の生命を得る代わりに、人間でなくなったりする。


古典的なパターンとしては、これが封印されているが、
欲にまみれた者などが封印を解いてしまうというもの。
欲・過信→破滅のパターンは、星新一の短編にもある。


ナイトメア・ビフォア・クリスマスのウーギーブーギーや
グレムリンなど、寄せ集めや増殖パターンの怪物は多い。
ただし、幽霊の場合は元が人間なので、形見の面が強い。


これがギャグになると、例えばミスタービーンの、叩くと
映るがイスに戻って見ようとすると映らないテレビだとか、
まるで悪意を持ったかのような物、というパターンがある。

ヒロインのISR分類

約束(I→S)

記憶の中の理想の女性。完璧な場合は実在しないことが多い。
しばしば母親のイメージや、亡き恋人像が投影されたりする。
最後は幻の女性像を振り切り、今の相手を大事にすることも。


美少女ゲームでこのパターンの大定番は、幼馴染である。
幼いときに約束していれば、妹でも可能。回想でいつでも、
実は思い出の…とでき、伏線となる形見(記念の品)が必要。

謎(S→R)

例えば、確かに会ったのだが周りの誰もが覚えていないという、
公認されていない幻の女など、謎めいている女というパターン。
推理・探偵もののテーマは謎なので、当然謎の女の登場は多い。


例えば私立探偵ものの枠組みである『EVE burst error』での
プリン・シリア・アクアなど。続編でもモニカ・来栖など。
謎が解けた後に、最後に命を落とすパターンも非常に多い。


夢などに出てくる、名前がない女は、
前述の約束の女であるパターンとの分類が難しいが、
物語を前進させるか過去の回顧かどうかが一応の目安。


エヴァ綾波、FF6のティナ、
ゼノギアスのミァン、ラーゼフォンの玲香と久遠、
リヴァイアスのネーヤ、DQ4のロザリー、
バイオハザード2のエイダ・ウォン
バロックのアリス、クーロンズゲートの山高帽(?)。

誘惑(R→I)

ポルノの場合、呪物の変奏で、いくらでも男と交わって、
男から精気を吸い取ってしまうというイメージになる。
エロマンガのラストに多い。イメージの原型はサキュバスか。


非ポルノの場合では峰不二子。007の女スパイ。
甘い言葉で誘惑するがしばしば危機に繋がる。
主人公の道連れや女自身が破滅することも多い。


女スパイものは先の謎の女と被る場合も多いが、
一応の目安は、主人公が謎として追いかけるか、
向こうから誘惑してくるかの、方向の違いだ。


ひぐらしにおけるレナが、このパターンになっているのは興味深い。
ホラーだから謎の女の面も大きいが、鬼隠し編の後期レナの豹変は、
多重人格という人格の増殖・変化や、主人公の追跡=模倣を含む。

構造主義カプセル化

ここでもやはり、現象の深層の因果関係が気になって、
なぜそういう分類なのか気になる人がいるかもしれないが、
長くて複雑な話になるので、深入りしない。
ここではただ分類して活用できればよいとする。

一覧表

ISR分類 I→S S→R R→I
ジャンル ノスタルジー ミステリー スペクタクル
アイテム 形見 暗号 呪物
ヒロイン 約束の女 謎の女 誘惑の女


アイディアはジジェクからで、更に元ネタはラカンの三界の区分。
斜めから見る―大衆文化を通してラカン理論へ