家を買うときに津波と風呂場のどちらが高リスクか?

概要

 東日本大震災津波による被害は、読者の方にとっても記憶に新しいと思います。三陸海岸にある石碑には、「ここより下に家を建てるな」と刻まれていました。

 ですから、今の時代に家を買おうと考えている人は、海岸に近い場所で津波が来るリスクを、もちろん考えておられると思います。

 しかし、その一方で風呂場のリスクが軽視されているのではないかと思い、このような記事を書きました。風呂場は津波に匹敵する、あるいはそれ以上の殺人力を持っています。どういうことなのか、以下見ていきましょう。

津波と風呂場のどちらが高リスクか?

交通事故や災害で亡くなる人はどれくらいいる?|公益財団法人 生命保険文化センター

津波による死者・行方不明者数)
平成21年 0
平成22年 0
平成23年 19,201
平成24年 0
平成25年 0
※筆者注:数字は引用元と同じだが、読者の便宜を考えて、表の書式などは再構成した

風呂場で死ぬ人の数は交通事故死の4倍!寒い家が引き起こす高齢者の病

厚生労働省の人口動態統計によると、2012年に溺死事故で(中略)1万9000人が亡くなっている。

ヒートショックとは(企画:日本医師会)

入浴中に亡くなる(中略)原因の多くはヒートショックである可能性があります。

 上の最初の引用を見てみますと、津波の死者は平成23年(=西暦2011年)に約1万9千人です。甚大な被害ですが、その前後の年はゼロなので、たとえば5年で平均すると約4千人になります。

 いっぽう、次の引用を見ると、風呂場で死ぬ人は年間約1万9千人*1なので、1年だけで津波とだいたい同数死亡しています。5年で考えると、津波の5倍になります。また、年間の交通事故死者よりも4倍多いです。

 しかしここで読者の方は、こう考えられるかもしれません。それは心臓病の人がたまたま風呂場で死んだだけであって、風呂場で死ななくてもほかで死ぬかもしれない。つまり、風呂場と死亡に因果関係がないのではないかと。

 そこで、3つめの引用を見ると、「ヒートショック」という現象が、多くの場合に原因になっている可能性があり、外部と温度差がある風呂場に特有の事情があるだろうことが分かります。

 ただし、風呂場で亡くなるのは高齢者が多いだろうけれど、津波に巻き込まれたら年齢があまり関係ありません。だから、単純な死者数だけでなく、「寿命短縮効果」のような異なるモノサシを使って測ると、また違った結果になってくるかもしれません。

 しかし、ここでは細かい数字には興味ありません。目的は見えないリスクの「気付き」にあります。リスク論の文脈では風呂場の危険性はわりと言及されますが、津波と風呂場のリスクを比較して考える人が、日本人全体で多数派とはとても思えません。よって、問題提起の意味でこの記事を書きました。

津波と風呂場のどちらを恐れるべきか?

めざせ!お風呂の温度バリアフリー(ヒートショックのお話):お風呂を楽しむ『湯の国』

『温度差』が日本の入浴事故の大きな要因であることは、年間の入浴中急死者数のグラフからもよくわかる。平均気温と死者数を比較すると見事なまでに反比例している。

 今見てきたように、死者数だけで比較すると、津波より風呂場のほうが高リスクだと言えます。

 だから、資金が限られている前提でこのふたつだけから選べば、津波がこない場所に家を建てるよりも、みんなが津波を避けるから安くなっている海岸近くの土地に建てて、そのかわり脱衣所に暖房を設置するなど費用をかけたほうが得、というケースも想定できなくはないでしょう。

 どのくらい対策するとどのくらいヒートショックの死亡が減るか、という直接の数字は少し探しただけでは見つけられませんでしたが、上記記事のようにそれに近いものはありました。すなわち、平均気温と死者数が反比例しているということは、温度差を解消すればヒートショック死を減らせるだろう、ということを示唆しています。

 もちろん、津波か風呂場かどちらか一方しか、対策が取れないわけではありません。津波が来ないし風呂場も対策されているのが一番です。断っておくと、これはあくまでリスクを見える化するための思考実験であって、津波が来る場所に家を建てることを推奨しているわけではありません。

 さらに言えば、リスク要因はほかにもあるので、このふたつにこだわる必要もありません。ただたとえば、原発事故による放射能リスクの場合、そもそも死者数が何人なのか、内部被曝外部被曝健康被害が異なるのかどうかなど、不透明な前提がたくさんあるので、取り上げませんでした。

老後購入派はリスクバランスが変化している

「ヒートショック」 6割がリスク高い生活!対策を | NHK生活情報ブログ

入浴中に心肺停止状態になる人は、70歳以上の高齢者が85%を占めています。


 持ち家を老後に購入する(予定の)「老後購入派」の場合、若いうちに家を買う人とリスクバランスが異なります。

 若者も老人も災害で死ぬ確率はそう変わらないでしょうが、老人は病死で死ぬ確率が明らかに高くなります。つまり、ヒートショックによる病死リスク*2が相対的に上がっていきます。

 だから老後購入派は、風呂場のヒートショック対策も含めて、バリアフリー住宅を建てる動機がより強くなります。逆に、残り人生の期間自体が短いので、災害に遭う確率が若い人より少ないので、災害に対してはノーガード戦法もありえるかもしれません。ただし推奨はしませんが。

 ようするに、高齢者は人生をすでに消費してしまって減価償却済みで、残り人生が短くなるリスクが少なくなっています。さらに分かりやすくすると、極端なケースを想定して、たとえば何かの病気で余命1年とあらかじめ分かっていたら、津波だろうと放射能だろうと、災害リスクなど気にせず、好きなように生きるでしょう。だから、老いた人が若い人より積極的にリスクを取れる場合もあるのです。

高齢だからこそ取れるリスク

 これは「死ぬリスク」ではなく「損するリスク」なので、今までの話とは微妙に別方向のことですが、気付きにくいことなので、最後に少し触れておきます。

 よく、家を買う議論の文脈で、「リスクが取れる若いうちに、住宅ローンを組んで家を買うべき」という話を耳にしますね。しかし、前述のように、年寄りだからこそ取れるリスクというのもあると思います。

 たとえば、バブルの頃は高額だったが、不良債権化して今は投げ売りのリゾートマンション、というのがあります。そして、そのリゾートマンションに住む老人が現れている、という話も聞きます。

 なぜ投げ売りになるかといえば、まず単純に不便だからというのが挙げられます。バブルの頃は別荘を持つ余裕があったのでしょうが、今ふだんの生活用に買おうとしても通勤に不便です。

 また、いろいろなリスクがあります。たとえば、管理費が滞納していて負債が溜まっているとか。建物が老朽化して建て替え時期が迫っているのに、修繕積立金が不足しているとか。だから買い手がつかないわけです。ババ抜きのババです。

 しかし、高齢者の場合は通勤がいらないし、死ぬまでの逃げ切りで、ババ抜きのババを墓場まで持っていけます。やはりそれを推奨しているわけではありませんが。

 それからまた別の話で、持ち家対借り家の話になりますが、住宅購入派は長生きするほど得で、逆に早死にすると損です。購入派は長生きすることで、購入額(ローン返済額)は変わらないのに対して、家賃を払わなくて済む期間が長くなるから、賃貸派より相対的な得が積み上がっていきます。賃貸派はこの逆で、長生きするほど損です。

 とすると、年を取ってから家を買う老後購入派は、普通の購入派よりもさらに、長生きの得を追求する動機があります。たとえば、タバコを吸わないだとか。

 データマイニングの文脈でよく言われる「紙おむつを買った人はビールも買う傾向がある」という意外な関連性の話があります。そのように、老後に家を買おうとすることと、タバコを吸うことの相性の悪さは、パッと分かる自明のことではないので、触れておきました。

関連書籍

津波からの生還 東日本大震災・石巻地方100人の証言

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バリアフリー・デザイン・ガイドブック: 2015-2016 実例でわかる福祉住環境

バリアフリー・デザイン・ガイドブック: 2015-2016 実例でわかる福祉住環境

*1:次の引用とかなり食い違っているし、推計の部分がかなり多いようです。ただ数字が何割か違っても、この記事の大意は変わらないので、細かい数字にはこだわらないことにします

*2:ヒートショックによって溺死した場合、病死ではなく事故死に分類されたりするので、もし正確に言うのなら「ヒートショック死」とでも表現したほうが良いのかもしれません

老後資金は最低限でも2千万円は必要!?

概要

生活費は月3万―5万円 自作の小屋で暮らす若者たち:朝日新聞デジタル

 老後資金はいくら必要でしょうか? 先に結論を言ってしまうと、最低限でも約2千万円は必要です。一般人がイメージできる、ふつうの生活をしようとする場合の話です。

 逆に、2千万円を下回るとどうなるか? 上記記事のようになります。なぜそうなるのか、くわしく見ていきましょう。

若ければ若いほど老後のことを考える必要がある

孫は祖父より1億円損をする 世代会計が示す格差・日本 (朝日新書)

孫は祖父より1億円損をする 世代会計が示す格差・日本 (朝日新書)

 その前に軽く前置きがあります。

 今の時代、若ければ若いほど、老後のことを考えて、資金を貯める必要があります。逆に、今の中高年は考えなくても、蓄えがなくてもどうにかなってきました。

 だから、「若いうちは老後なんか考えなくていい」というのは、昔はそれでよかったのでしょうが、今ではウソになってきています。しかも、それは何歳以上とかではなく、若ければ若いほどいいです。二十代とか十代とかでもいい。

 たとえば、成人式の講演などでおためごかしを言うのではなく、「みなさんは年金がもらえるかどうか怪しいので、準備しておかないと、老後は悲惨なことになります」とか、社会の真実を言うべきではないかと思っています。

 もしかしたら、違和感を覚えるかもしれませんが、これが世代格差が生んだ帰結です。いろいろなところで言われているように、1億円以上の社会保障の世代格差があるからです。

 だから、若年世代は老後資金を1億円貯めて、やっと昔の水準に追いつけるという話です。これはもう「アリとキリギリス」みたいな話ではなく、たんに政治家や官僚の失策で搾取されている、というほうが実態に合っていると思います。

 しかし、本題は世代格差という社会問題ではなく、あくまで老後資金の試算なので、話を進めていきましょう。

老後資金はいくら必要か?


 老後資金の試算は上記のようにいろいろあります。細かい数字には興味がないのでかいつまんで言うと、「ゆとりある老後」は1億円必要という説があります。これをおもいっきり大ざっぱに解説すると、前述のように世代間で1億円の差があるから、1億円だろうと。これはある意味分かりやすいです。

 しかし、1億円貯めるのは普通の人にとってかんたんではないので、そこまでの水準は求めないとしてみましょう。必要最小限だといくらか、という方向の試算では、3千万円が主流のようです。

 それをさらにギリギリ必要最低限まで落としたのが、この記事で私が取る立場の2千万円説です。

老後資金は最低限でも約2千万円は必要

 本題に入りますが、老後資金は最低限でも約2千万円は必要です。なぜ2千万円なのか?

 これから試算を出していきますが、計算の前提として、まず退職金も年金もまったく期待できません。持ち家もなく(そのかわりに借金もないとします)、老後も現役で働けない場合、つまり純粋に貯金だけで生活する場合を想定します。

 これはなぜそうするかというと、逆に「退職金が2千万円」「持ち家(評価額)が2千万円」などと資産を想定してよいのでは、「最低限必要」という意味にならないだろうからです。

 だから、「年金が破たんするか、しないか」といった議論もここではしません。年金がなかろうと、退職金がなかろうと、持ち家がなかろうと、「最低限これだけあれば」の数字です。

 ではまず、生活するには住むところが必要なので、1ヶ月の家賃3万円のアパートを借りるとしましょう。これだけでも、1年で36万円、10年で360万円、25年で900万円、30年で1,080万円。だから「住」だけで、老後資金の半分を使ってしまいます。

 そして、電気・ガス・水道などの公共インフラ代、食費や衣料、日用生活品などの出費も3万円だとします。これはたとえば、食事は生存に必要なカロリーと栄養を取るだけといった、かなり質素な倹約生活になるでしょう。

 すると、同じ20〜30年でもう1千万くらいかかるから、合計2千万円。「最低限で2千万円」というイメージです。

 もちろん、これは概算なので、実際には100万円くらいかんたんに誤差が出るでしょう。いくら必要かの目安を分かりやすくするための数字です。

 それから、この2千万円は娯楽などの費用を考慮していない必要最低限のものです。また、インフレによる試算の目減り、病気や災害などによる出費も考慮していません。ようするに、まったく余裕がない綱渡りの老後です。2千万円さえあれば大丈夫、という保証ではないのです。

 そうではなく、「健康で文化的な生活」をしたい場合、あるいは不意の出費にも余裕を持って備えたい場合、そのぶんをもう1千万円積んだ、3千万円は欲しいでしょう。

 たとえていうと、パソコンなどの動作スペックに「最低動作環境」と「推奨動作環境」がありますが、2千万円は「最低動作環境」のほうです。推奨のほうの基準は、一般的に言われている3千万円だと、私も同様に考えています。

 さて、ここでの「最低限」というのは、普通の人がイメージする最低限の生活です。あるいは、メーカが公式に動作を保証する「最低動作環境」のようなものです。だから、それを下回っても予想外に動く場合があります。ではもし、下回るとどうなるか? 最後に見てみましょう。

老後資金が2千万円を下回るとどうなるのか

生活費は月3万―5万円 自作の小屋で暮らす若者たち:朝日新聞デジタル

締めて月3万〜5万円ほどの出費だ。

 2千万円が最低限というのを逆に考えると、老後資金が2千万円を下回るとどうなるのか? 冒頭でも挙げましたが、上記記事のような生活になります。

 ここで重要なことは、この生活でも1千万円台の資金は必要ということです。たとえば食費が必要ですからね。

 生活費が1ヶ月3万円だと1年で36万円、10年で360万円、30年で1,080万円。これが4万円だと1,440万円、5万円だと1,800万円。

 だから、2千万を下回るとこういう生活になるというのは、よろしいですね?

 老後資金2千万を下回ると、このような生活を送るんだというイメージを持たれると、貯金する動機になるのではないかと思われます。以上、あくまで前向きにポジティブに生きるための紹介でした。

付録:老後資金2千万円以下の可能性は追求できないのか?

朝日新聞(千葉版)に小屋暮らしが掲載されました。


 朝日新聞の記事は格差社会の象徴のように思われるかもしれませんが、記事に取り上げられた方(かつや氏は上記ブログを書かれています)は、意図的に生活費を抑えて暮らそうとしています。

 最近では「ミニマリスト」「ミニマルライフ」「スモールハウス」「タイニーハウス」とか、そういうクラスタに分類されるでしょうか?

 そういう人が試みているように、じつは、老後の生活資金2千万円以下の可能性を追求する道もありえると思います。ただ、普通の日本人が想定する「最低限」を突破する必要はあると思いますが……。

 私はすでにそれを知っていますが、いきなりそれを前提に考察を始めると、前衛的すぎて普通の人がついてこれないのではないかと考えました。またひとつの記事に詰め込み過ぎると読みにくいので、ミニマリズムの可能性については、また別の新たな記事で考察したいと思います。

 ここではさしあたり、「Bライフ」を提唱している高村友也氏の書籍を紹介しておくにとどめます。

Bライフ10万円で家を建てて生活する

Bライフ10万円で家を建てて生活する

関連書籍

老後貧乏にならないためのお金の法則

老後貧乏にならないためのお金の法則

一生賃貸の人は老後の家賃をどうする? ← 第三の選択肢、老後購入派がある!

概要

 借り家か、持ち家か、は人生を左右する選択肢なので、昔から論争が続いています。借り家派からすると、雇用崩壊でローン返済が破たんするリスクが心配ですが、持ち家派からすると、年金崩壊で老後に家賃を払い続けられなくなるリスクが不安です。

 そこで、老後までは賃貸で暮らし貯蓄して、老後からはその貯金で購入した持ち家で暮らす、「老後購入派*1という選択も有力になるのではないかと思います。この第三の選択肢の可能性を、これから考察していきましょう。

老後購入派とは

 冒頭で述べたように、老後までは賃貸で暮らし貯蓄して、老後からはその貯金で購入した持ち家で暮らす。ローン返済のリスクもなく、老後に家賃を払えなくなるリスクもない。それなら、いいとこ取りができるのではないか、という考え方が老後購入派です。

 この老後購入派を支える大前提は、賃貸に住みながら貯金できることです。貯金できるように狭くて(駅から)遠い不便な家に住みます。

 もちろん、住宅費以外で節約するのでも、収入を増やすのでも、貯金できれば手段は問いません。退職金が出るのなら、それでもかまいません。ここではたんなる分かりやすい例として、住宅の話なので住宅で節約します。

 ただし、株などの投資をすると、大きく増える可能性がありますが、一方で元手を失うリスクもあります。余裕資金でやれば少なくとも借金はないので、ローン破たんで家を失い借金を負う*2よりかはまだリスクが低いですが、リスクが嫌いな老後購入派なら、より堅実なたんなる貯蓄でもいいと思います。

 そして貯めた貯金を使って、老後を迎えたらキャッシュ一括払いで家を買います。これで、一生ローンを組まずに、老後は家賃なしで住む場所を確保できる、というリスクの低い人生設計が可能になるというわけです。

 もちろん、リスクが低いことと引き替えに失うベネフィットもあります。人生前半では、持ち家派のように、内装を自由に変えるメリットは得られません。また人生後半では、いつでも引っ越せる賃貸のメリットも得られません。

 しかし、最大幸福より最小不幸を求めるのが、老後購入派の基本方針なのです。ローン地獄とか、ローンが破たんして一家離散とか、住む場所がなくなり老後に放浪、といった大破局のマイナスがすごく大きいので、細かいプラスには目をつぶってもいいだろう、という考え方です。

 だから、老後「購入派」という名前ですが、じつは考え方としては購入派より賃貸派のほうに近いと思います。購入派がローンというリスクを取って、土地建物が自分のものになるというリスクプレミアムを求めるのに対して、それを放棄してリスクヘッジするのが賃貸派です。

 ただ、賃貸派はローンのリスクはありませんが、老後に家賃を払えるかどうかのリスクはあります。

 不動産関連のサイトで、賃貸派と購入派で住宅費の累計を比較したシミュレーションを見てみます。すると、最初は頭金のぶん購入派が損しているスタートになります。30年後くらいのローン返済時で比較すると、だいたい同じになります。50年後までの長期で見ると、購入派が得になります。つまり、前半と後半で逆転する「ウサギとカメ」のグラフになっています。

 だから、賃貸派に対しては「一生賃貸の人は老後の家賃をどうする?」という疑問が出てきます。老後は職を見つけるのが難しいでしょうし、年金も崩壊せずにいつまで持つのか不安でしょう。そうすると、一生家賃を払い続けるというのは難しい。

 そして、それに答えた第三の選択肢が、老後購入派というわけです。

 次は老後購入派のメリットを、箇条書きでかんたんに整理してみましょう。

老後購入派のメリット

  • ローンを組まないので破たんリスクがない
  • ローンを組まないので非正規雇用でも採用できる
  • 老後に家賃を払わず住む場所を確保できる
  • 条件によるが後述のリバースモーゲージで老後資金を確保できる
  • 立地で通勤を考慮しなくてよい
  • 子供部屋などがいらないので広くする必要がない
  • 狭いことで固定資産税などのコストも低くなる
  • 中古を選んで価格を抑えられる
    • 建て替えせずに残り人生を逃げ切れれば得をする
    • 逆に言うと死んでから住める期間が残っているのは損
  • 買うタイミングを決められる、後出しジャンケンできる
    • 購入派のように先買いではないので、賃貸のままという選択肢も残せる
    • 購入派の場合、あまり高齢になるとローンを組ませてくれない
  • 最初からバリアフリーを考慮して建てられる
  • 高齢者住宅や老人ホームを選ぶ選択肢も残せる


 老後購入派のメリットばかり並べたので、デメリットもすこし考えてみます。たとえば、一生狭くて不便な住環境というのが挙げられます。人生前半では貯金するために狭い家に住む。後半では、キャッシュで買える範囲で物件を探すため、ローンを組んで買う購入派ほど便利な家にはならないでしょう。

 また、結婚して子供ができた場合に賃貸であるため、この時期の家賃は苦しくなります。また子供がいて賃貸だとなにかとガマンすることが多い住環境になることだと思います。

 しかし、低リスクと引き替えにしているわけですし、メリットで述べたように、高齢で建てるなら通勤も子供部屋も必要ないはずです。

老後購入派が有利な社会的条件

リバース・モーゲージとは、高齢者が居住する住宅や土地などの不動産を担保として、一括または年金の形で定期的に融資を受け取り、受けた融資は、利用者の死亡、転居、相続などによって契約が終了した時に担保不動産を処分することで元利一括で返済する制度である。

 上記引用や引用先でくわしく解説されていますが、「リバースモーゲージ」という金融のシステムがあります。ようするに、家を担保に高齢者へ金を貸し、死んだ時点で担保の家を回収するという仕組みです。とくに子供がいない場合、死んだ後に家が残っていても意味がないので、非常に合理的なシステムだと思います。

 金融や不動産の専門ブログではないので、ここでくわしくは述べませんが、一戸建てでない分譲マンションではダメとか、評価額が何千万円以上とか、細かい条件がいろいろあります。これについては、これから普及して利用者が増えてくるにしたがって、条件もしだいに緩和されていくだろう、という見通しだけ示しておきます。

 メリットのところで説明しきれなかった、老後購入派が有利な社会的条件として、ほかには人口減少による土地余り現象があります。これからの時代、少子高齢化で人が少なくなっていき、土地が余るのだから、後出しジャンケンできる老後購入派は安く買えるのではないか、という考え方です。

 しかし逆に、これが成立しない不利な状況も考えられます。たとえば移民(受け入れ政策)です。人口が増えて土地が余らないとなると、老後に職もなく家もないという、最悪の状況も容易に想定できます。だから、移民は老後購入派の天敵といえます。

 ただし注意しておくと、これはあくまでリスクを見落とさないように説明しておくためであって、移民政策に関する是非を読者の方に押しつける意図ではありません。

 もうひとつ有利な社会条件として、ネットの普及が挙げられます。これが昔なら、老後に不便なところに住むと、さぞ買い物に困ったことだと思います。今はネット通販がありますし、ネットの娯楽もたくさんあります。

老後購入派に必要な個人的条件

 老後購入派に必要な個人的条件があります。それは貯金ができることです。貯金できない人はダメです。あまりに当たり前ではないかと思うかもしれませんが、これが購入派の場合はローンで強制的に取り立ててくれます。

 老後購入派は、今を多少犠牲にしてでも未来の自分にマイホームを贈る、という意志の強さが必要になります。パーッと飲んで使ってしまったり、パチンコやらソシャゲやらにつぎ込んだりせず、ガマンして貯金する必要があります。

 老後購入派が老後を迎えた時点で、家賃を節約するために貯まっている貯金で家を建てますが、このときの額がそのまま家のグレードになります。たくさん貯まっていれば豪華な家、そこそこ貯まっていれば普通の家、あまり貯まっていなければ不便な家、もしぜんぜん貯まっていなければ、山奥に小屋を建てて住んだり、放浪したりすることになります。

 もし、「今年は貯金できなかったな。来年すればいいか」などといっているうちにズルズル老後を迎えてしまっては、絵に描いた餅になります。といっても、たとえば月3万円の貯金を30年続けたら1,080万円、5万で1,800万円、10万で3,600万円なので、立派な家を目指さなければ、そんな極端に重い負担でもないでしょう。

 ただ、年金がもらえないと想定した場合、住宅を用意する以外にも生活費を貯めておく必要があることを考えると、かなり重い負担になるかもしれません。また、家を建てれば一生タダかと言えば、固定資産税やリフォームなどの費用が発生します。この負担も考慮して、かなり控えめに建てる必要があります。

 そして、これはじつは賃貸派も、老後に家賃を払うためには貯金が必要だろうから、結局同じことです。そして、額面の計算的には同じなのですが、まだ重大な違いがあります。賃貸派の老後の天敵はインフレです。インフレ時に物価と賃金が連動して上昇している場合は問題になりません。しかし、老後は収入がなく貯金で家賃を払う場合、インフレになると家賃が上昇して破たんします。

 あるいは、年金などの社会保障が崩壊せず機能するか、生涯現役で働ける仕事を見つけられれば、貯金なしでも大丈夫でしょうが、それに頼りきりなのは不安でしょう。

 また、老後購入派は一生狭い家に住み続けるので、整理整頓する力、こまめに物を捨てる力というのが非常に大切になります。何かのコレクションを集めている人には向かないかもしれません。また極端な例ですが、汚屋敷に住んでいる人は住宅リソースを浪費しているのが分かると思います。老後購入派はこじんまりと住みたいので、この逆をやるわけです。購入派のローンのリスクを、老後購入派は物の保管コストとトレードオフしているのです。

 さて、最後にまとめると、ローンは組まないが老後に住む場所だけは確保する、という老後購入派の選択は目立った弱点が少ないように見えます。今の時代、雇用崩壊、年金崩壊と、不安な時代なので、地味ではありますが有力な選択だと思います。

付録:老後海外派

 老後購入派の派生として、老後海外(在住)派をかんたんに解説します。

 老後に海外、とくに物価の安い東南アジアに住むことで、住宅費を含めて支出を減らせます。老後購入派と比較して、食料など生活費全般が安くなるのがメリットです。

 デメリットとしては、英語など外国語のマスターが必要なこと、国によって不動産購入や滞在の制限があること、日本人の老人は犯罪者に狙われやすいこと、日本のサービスや文化を享受できないこと、などが挙げられます。

 賃貸派がかなり高齢になってから老後購入派に回ろうとすると、貯金が足りなくてキャッシュによる物件購入が成立しない場合というのも出てくると思います。そんな場合、老後海外派は物価が安いことで成立するかもしれません。

 購入か賃貸かではなく、国内か海外か、という違いになっていますが、これも老後準備のひとつの選択肢としてはありえると思います。

 ただあくまで、これが成立するのは、今の日本が豊かで東南アジアとの経済格差が存在するからです。何十年か先に国際情勢の変化によって、東南アジアのほうが日本よりも豊かになってしまっていては成立しません。

関連記事

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    • 購入派から賃貸派への移行を迫る時代状況の変化を考察したものです。本記事でも暗黙の前提にしています。
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関連書籍

自分で選ぶ老後の住まい方・暮らし方

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*1:適当にネーミングしてしまいましたが、もしかしたら伝統的な名称とかがあるかもしれません

*2:ノンリコースローンなら借金はありませんが、まあ日本ならリコースローンが主流でしょう

マイホーム時代から借りぐらし時代へ

概要

年収や損得だけではない! 借り家か、持ち家か、はどんな基準で決めるのか?

 借り家か、持ち家か、昔から続く議論であり、人生の重要事項です。それについて前回、上記の記事を書きました。一言でまとめると、ローンを返済できなければ、持ち家の得は吹っ飛ぶので「返済能力」が重要、だから持ち家が持てるのはリスクも持てる人だ、という主旨の話をしました。

 すると、読者の方はこう思うかもしれません。「たしかに非正規雇用では厳しいだろうが、正社員なら家を持てるはず」と。たしかに、金融機関が融資するかどうかの基準でもあるので、正社員かどうかはひとつの大きな基準ではあります。

 しかし、これからの時代は正社員でもマイホームを持つのが難しくなってくるのではないかと考えます。

 これに違和感を覚える読者の方も多いだろうと思うので、以下で説明していきましょう。

賃金の減少

【7割が万年平社員という時代】年収500万円は夢のまた夢!?

生涯賃金は90年代以降右肩下がり。大手企業ですら3.5億円から2.5億円と1億円も減っています。
(……中略……)
 7割は平社員で会社員生活を終えることになるでしょう」

実はけっこう狭き門…「管理職」比率11%の現実

厚生労働省『賃金構造基本統計調査(09年)』によれば、
従業員規模が1000人以上の大企業の場合、全社員(役員を除く)の82.2%が平社員。
6.8%が係長、8.0%が課長、3.0%が部長となっている。
(……中略……)
管理職比率はわずか11%ということになる。

年収階層分布図 - 年収ラボ

全給与所得者に対する年収300万円以下の割合は、男女計で40.9%(※平成25年12月31日現在)


 まず、昔の正社員と今の正社員では違います。引用や引用先を見るだけで分かると思いますが、生涯年収で何千万円か平均賃金が下がっているので、正社員だとしても持ち家を購入する額はまるまる消えてしまっています。

 しかも、それだけではありません。

社会保障給付の減少

広がる世代間格差――次世代の声をどう政治に届けるか

 これによると、60歳以上の世代の純負担はマイナスで、約4000万円の得(受益超過)、50歳代は約990万円の得(受益超過)がある。それに対して、それ以降の世代の純負担はプラスで、将来世代は約8300万円の損(支払い超過)となっている。

 したがって、60歳以上の世代と将来世代とのあいだには、差し引き1億2000万円以上の世代間格差が生じていることになる。

 少子高齢化による人口減少によって社会保障が減っていくのは確実ですから、その蓄えを作るぶんやはり何千万円も減っています。

 賃金減少、社会保障も減少、というダブルパンチで、ざっくばらんに言うとマイホームふたつぶんくらい生涯資産が減っています。

 しかしなお、「小さくて不便な立地の物件になるのをガマンすれば、身のたけにあった家なら買えるのではないか」、という意見があるかもしれません。これについては、すこし別の角度から考えていきます。

増税のリスク

消費再増税、延期確定=「景気条項」削除−税制改正法が成立

2015年度税制改正関連法が31日の参院本会議で可決、成立した。15年10月に予定していた消費税率10%への引き上げを1年半延期し、17年4月とすることが確定。「景気条項」を削除し、景気情勢次第でさらに先送りできなくなる。

消費税30%にしないと… 「国の借金減らすには」試算

国の借金を減らすためにどれだけ歳入を増やしたり歳出を減らしたりする必要があるかという試算をまとめた。
(……中略……)
消費増税によって歳入を増やすだけで達成しようとすると、消費税率を30%近くまで引き上げなければならない計算だ。

 2017年に消費税が10%になることがすでに確定しています。しかし、そこでずっと据えおかれるかどうかは分かりません。国の借金が破たんしないように減らすのに、消費税増税だけで対応すると30%まで引き上げる必要がある、という試算もあります。今まで上がってきたのだから、これからも上がるだろうという予測は自然でしょう。

 もちろん、これは消費税増税の是非とは別です。消費税ではなく別の税を上げるとか、歳出を削減するとか、別の方法もあります。しかし、「上がったら困るから、上がらないだろう」などと、希望的観測をするわけにはいきません。とりわけ、ローンを組むような人は甘い見通しを立てれば、そのまま返済が破たんするリスクに直結してしまいます。

 本当に増税されるかどうかは分かりませんし、されるとしてもその時期は予想できません。しかし、国の借金が約千兆円、一人あたり約800万円なのだから、それがいつかは税金に転嫁されるだろう、ということは分かります。国債をどうすべきかは別の議論ですが、ごくかんたんにいうと、住宅ローン以外に800万円の税金で払う形の借金を背負わされている状態です。

 細かい数字を出すのが目的ではないので単純な話にしますが、かりに消費税が10%から20%に上がって年30万円よけいにかかるとしましょう。すると、35年で1,050万円です。ローン返済額の1千万円ぶんくらいは、増税でかんたんに吹っ飛んでしまいます。

 もしかすると、「負担が増える話はさっきも言った」と思われるかもしれませんが、資金の大小の話とリスクの高低の話は微妙に違います。さっきは資金が少ないという話だったので、そのぶん家を小さくすれば済みます。しかし、買ってしまってから増税されると、まるで身動きが取れません。

 前回も説明しましたが、年収が高いか低いかと、リスクが高いか低いかは、別のモノサシです。

 購入時点で発生していない資産減少は、返済不可能になるリスクを高めます。持ち家は自分のものになるから得だ、という議論がありますが、かりに得するとしてもそれは、借金して長期返済すること自体のリスクと引き替えです。そして、増税の可能性はそのリスクを高めると。増税だけでなく、賃金が今よりもっと下がるとか、社会保障がもっと下がるとかでも、返済破たんのリスクは高まります。

 ここで借り家の場合、増税が確定した時点で、居住ランクを落として引っ越しすれば破たんしません。賃貸は家賃に硬直性がなく、したがってリスクが低い。収入と支出に合わせて伸び縮みできる。だから、今のような不確実な時代に向いていると考えます。

 ところで、家を買おうとすると消費税が建物にかかる*1ので、増税前にかけ込みで家を買うかどうか、といった不動産関連の記事を見かけますね。消費税5%から8%のときも見ましたし、8%から10%のときにも出るでしょう。

 しかし、それでたとえ数十万円が得になったとしても小さな問題で、かけ込みのあとでさらに増税されて、返済が破たんするリスクを見ないのでは、木を見て森を見ずになります。

 さて、今まで購入に不利な面を借り家視点で話してきましたが、持ち家の良いところもあるはず、という不満があるかもしれません。そこで次は、どういう状況なら持ち家が良いのか、良かったのか、という話をします。

昭和マイホーム時代から平成借りぐらし時代へ

マイホームという名の不動産投資

 一昔前、高度経済成長の時代はマイホームの時代だったのでしょう。人口が増え、給料が上がり、土地も上がり、と上り坂の時代でした。だから、家を買うことに意味があった。

 持ち家は借り家と違って不動産投資の側面がありますが、ふつうの人にとって唯一最大の投資だった。終身雇用で年功序列なので、返済が滞るリスクも少なくとも今よりは低い。だから、住み続けて返済し続けるだけで、土地建物が自分のものになる、というのは魅力的だった。

 今の時代のように投資とか副業は意識されていなかったでしょうが、マイホームを買って住むだけで投資や副業を兼ねられました。それはどういうことかといえば、「自分は賃貸に住んで、ローンで購入した物件を1件だけ他人に貸す大家」を想像してみれば分かります。

 この大家さんの収入は家賃で相殺されますから、それだけで生活できません。ローンを払い終わったら、土地建物が自分のものになる、というだけの投資です。その土地建物の価値が何千万円かはともかく、半生をかけて取得するので、生涯賃金からしたら副業レベルにとどまるでしょう。しかしそれでもやはり、不動産投資家ではあります。不動産を持っていて不動産収入があるのだから。

 さて、この大家は、賃貸に住まず購入物件に自分で住んでも、家賃が相殺されるだけでだいたい同じですから、不動産投資家のままだと考えることもできます*2。自分で住めば空室がなく*3、連絡・交渉のような手間もないので合理的です。

 つまり、「マイホームという名の不動産投資」が魅力的な時代だったと。逆にいうと、今の時代に投資とか副業とかが流行しているのは、若年層がこのマイホームへの大きな投資ができずに、小さな投資に分散させていると見ることができます。

 だからたとえば、昔の人間は欲がなく清く正しく生きていたとか、今の人間が頭が良くて金融リテラシーが高いとか、というよくあるステレオタイプにはちょっと疑問があります。人間はそんなに変わっておらず、社会構造が変化したのではないでしょうか。

時代に合っていたマイホーム

 生活者の視点からも見てみましょう。その頃イメージされていた家族構成は、結婚して子供をもうけて四人家族。出かけるのにマイカーも欲しい。そうすると、マイホームはきわめて便利です。借り家、とくに集合住宅では駐車場代もかかる。子供が暴れて部屋を傷つけたりしたら、大家に弁償。子供がうるさいと隣に迷惑で気をつかう。などなど。

 だから、日本人の土地神話や持ち家信仰も大きいと思いますが、それを差し引いても、経済的な下部構造にも合っていたと考えます。つまり、昔はマイホームが時代にピッタリ合っていた。

 もちろん、みんながみんな、マイホームを持てたわけでもありません。「一億総中流」というのは幻想かもしれません。でも少なくとも、「いつかはマイホームを」というジャパニーズドリームの物語を共有してはいたでしょう。

 でも、さすがに今は時代に合わない。これから人口減少で下り坂の時代ですから、給料が減り、土地も余って下がっています。今までの常識が通用しない、鏡の国に入っていきます。

 団塊の世代くらいまではマイホームが常識でしょうから、部下に「マイホームの一軒も建てないと一人前とは言えない」などと言うでしょうが、若い人がそれを真に受けると、大変な苦労が待っているのではないかと思います。

これからの時代は正社員でもマイホームを持つのが難しい

世代別の持ち家と借家の割合をグラフ化してみる(2015年)

「若年層の持ち家取得が年々難しくなっている」と結論付けられる。

 前回の記事では、持ち家と借り家の差そのものの考察と、家主が家を持つための個人的な条件を取り上げました。今回の記事では、賃金状況や社会保障、マイホーム時代との社会構造の違いを振り返ってきたように、社会的な条件に注目しました。

 ここで実際、若年層の持ち家取得率が落ちているという、上記データの裏付けがあります。やはり、家を持つのが難しくなってきている、という実感に沿っています。

 もちろん、持ち家率そのものは過半数なので、まだまだ持ち家が主流ですが、その内訳は上で見るように少子高齢化している。おそらく未婚化の上昇と同じ話で、これから何十年もかかってじわじわ進行していくだろうと予測しています。

 これからの時代は正社員でもマイホームを持つのが難しい。

 もちろん、管理職なら持てるとか、大企業の正社員なら持てるとか、公務員なら持てるとか、持てる人はいつの時代もいるでしょう。しかし持たざる人が増え、昔よりハードルは上がっていくことでしょう。

 これは面白くない結論かもしれませんが、不都合であっても真実だから仕様がありません。あるいは住宅販売の営業マンとか、もっと都合の良いことを言ってくれるかもしれませんが、それをうのみにするとまず大変な目に合うでしょう。

土地が余るから取得できるのではないか?

 しかしまあ、ただ家が持てない、持てない、というのでは面白くないので、持ち家派の視点から少しだけ見てみましょう。

 もしかしたら、立場が首尾一貫しないように思われるかもしれませんが、持ち家でも借り家でも、自分が得だと思うほうを選択すればよいのであって、敵味方のような両立しない立場とは違います。だからもちろん、借り家で様子を見ながら、チャンスがあれば持ち家に乗り換える、というのは裏切りだからダメ、とかいうつもりもないのです。

 誤解しないようにあえていえば、まじめに働いても家が持てない、とかローン破たんする社会(問題)が敵なのであって、借り家派と持ち家派が敵同士、ということではないのです。

 さて、持ち家派の視点から見ると、こうも考えられます。人口減少で土地が余ってくるのだから、いずれ買えるはずではないかと。読者の方も、シンプルで説得力があると感じられるかもしれません。

 これについては紙幅の都合で、かんたんにいくつかの要点だけ述べます。

 ひとつ目は、賃金の減少幅が地価の減少を上回る可能性があるということ。これは抽象的に聞こえるかもしれませんが、具体的にはたとえば、大量の移民受け入れで労働人口を増加させたら、賃金は下がっても土地は余らないでしょう。

 ふたつ目は、価格の問題とリスクの問題は違うということ。収入が多くてもクレジットカードを作れない人がいるように、非正規だからローンを組めないという人もいるでしょう。

 みっつ目は、労働者の収入がみんな横並びで少しずつ減って、土地価格の減少と釣り合うとはかならずしも限らないということ。格差が進行して富が二極化すれば、石油成金は豪邸に住み、大部分はスラムに住む、という極端なバランスも考えられます。

 よっつ目は、チキンレース状態になるかもしれないということ。土地が上がった時代に先を争って買ったのと逆に、待てば待つほど後発が有利なので、できるだけガマンして取得を遅らせようとする。結果として時機を逃してあぶれる人も出てくるかもしれない。これは晩婚化と未婚化が並行して進行する現象のようなイメージでしょうか。

21世紀になっても土地にこだわり続ける必要はあるのか?

 四つの論点を述べましたが、土地余りで取得しやすくなる状況が想定できないわけではありません。

 またそうでないとしても、昔よりマイホーム取得が難しいというだけであって、頑張ればできないわけでもないでしょう。多くの物件を探して、金利の変化や増税のシミュレーションをたくさんして綿密な資金計画を立て、給料の多くをローン返済に注ぎ込んで、そのぶん節約生活して……、と労力をかければできるのでしょう。

 しかし、そこまでしてこだわる必要がない、という側面もあると思います。若年層から見れば住宅は住む手段でしかなく、マイホーム取得が人生の目的になるのは、倒錯しているように思えるかもしれません。なぜそうなったのか?

 たとえば、ライフスタイルが昔から変化して、結婚しないとか子供がいないとかであれば、狭い賃貸でも十分ということになります。労働環境も変化して、企業が海外に展開するようになり、一生日本で働き続けられるとは限らない。それに、災害が起きたりして、ひとつの土地に固執することが安心につながらなく思える。

 またたとえば、地域共同体が衰退しています。地元はシャッター街のため、買い物は車で大規模SCまで、という環境では土地にこだわる意味が薄いように思えます。しかも、大規模SCが撤退した後は不便になってしまう。そんなこんなで、一生そこに住むつもりなら、一生車の運転が必要になる。

 それから相反するようですが、昔と違う生活環境としてインターネットがあるので、外出しなくてもかなりの用が足せるようになりました。たとえば、レンタルビデオ店まで行かなくても、動画配信サイトで映画は見られるとか。これはコンビニや家電の普及で家事が楽になり、未婚化が進んでいるという現象と並行して進んでいるように思われます。

 そのように、なにがなんでも土地や持ち家に一所懸命にこだわったところで、そこまで報われないのではないかと思われます。リスクを抱えてまで家を持つメリットと動機が減ったことも、今の時代のひとつの「難しさ」なのだと思います。

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「家を買おうかな」と思ったときにまず読む本 〈新版〉

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*1:売主が課税事業者だった場合に転嫁する

*2:前回述べたように帰属家賃の考え方がある

*3:この空室の話は、コメント欄でご指摘を受けて納得したので、説明に使わせてもらいました

年収や損得だけではない! 借り家か、持ち家か、はどんな基準で決めるのか?

概要

 借り家か、持ち家か、は人生を左右しかねない選択であり、昔から続いている議論です。ここでは、不動産関連のサイトでよく見かける、コスト比較をしてどちらが得かとか、年収と物件から月々ローン返済額を計算するとか、そういうことではなく、むしろそういう既存の議論に不信感を持つ、ユーザ視点から意見を述べてみたいと思います。

 年収とか損得とかだけで決めてはいけない、ということです。なぜでしょうか?

帰属家賃

 そもそも、持ち家と借り家は何が違うのでしょうか? なおここでは、一戸建てかマンションかは問題にせず、購入と賃貸の違いを見ていきます。

 話をかんたんにするため、聞き慣れない経済用語ですが、「帰属家賃」という考え方を適用して、分かりやすく式変形してみましょう。帰属家賃というのは、あくまで説明上のバーチャルなもの*1ですが、持ち家の家主も自分自身に物件を貸していると仮想的に考えることです。

 借り手も貸し手も自分。だから、家賃を払うと同時にもらうので、その部分はプラス・マイナス・ゼロです。逆に言うとゼロだから、借り手と貸し手に分けても同じことで、何も問題ないわけです。すると……

 借り家 = 家賃を大家に払って賃貸に住む

 持ち家 = 不動産購入とローンの返済と家賃収入(大家役)
     + 家賃を大家に払って賃貸に住む
 持ち家 − 借り家 = 不動産購入とローンの返済と家賃収入(大家役)

 上で整理したように、家賃を払って賃貸に住む部分は両方とも共通です。両方とも払ってるし住んでいますが、所有権を持っているかいないか、家賃を大家に毎月払うか、銀行に利子を含めて払うかの違いです。だから、両者の差に注目すると、不動産購入と金利を含めたローン返済、という部分が残ります。※*2

 この残った差は何かというと、土地建物の所有と家賃によるプラスと、ローン返済のマイナスのどちかが大きいかどうかが、借り家より得かどうかということです。それは地価や金利の変動などの条件によって、どちらの場合もありえます。不動産の専門家の間でも意見が分かれているのだから、どちらか一方だけ正しいということもないでしょう。

 そしてここで「金利付きの借金と不動産の所有権の有無」、つまり「負債と所有」という形態を取るかどうか、かんたんに言いかえれば、大家役になって不動産投資をするかどうかが、購入と賃貸の差の本質です。

 物件の立地や築年数がどうのこうの、という細かい点を見る前に、そもそもこの借金をしてまで不動産投資することを選択することについて考えていきましょう。後で見ていきますが、「負債と所有」というのは、20年とか30年とか時間的に長く関わるので、そこにリスクが生じます。

 ここで読者の方は、「借金」と「投資」という言葉に違和感を覚えるかもしれませんが、むしろ借金でも投資でもないと思うこと自体にリスクがあると思います。何を買っても借金は借金です。返す必要があるものは負債です。一方、投資も投資です。

 高度経済成長時代くらいから形成されてきた「夢のマイホーム」「一国一城の主」という日本人におなじみの価値観はよく分かります。が、投資家をのぞいた普通の人は「大金を借金して投資する」ということを、不動産以外でまずしないと思います。その部分を冷静に見つめる必要があります。

 またもちろん、「定期借地権」のような第三の選択肢もありえますが、あまり枝葉の議論には深入りしないようします。返済シミュレーション的なよくある記事と差別化するのが本記事のポイントなので、とにかく話をシンプルに進めていきましょう。

 それから、私自身は借り家派の視点でこの記事を進めていきますが、それは説明が分かりやすくなるからであって、借り家という選択の結果を読者に押しつけたいのではありません。

 むしろ、持ち家派の人がどういうリスクがあるのかを考えるのに、思考の過程が役に立てば幸いです。不動産は大きな買い物で、普通の人はそう何回も買い直せません。だから、持ち家派は購入の落とし穴を、借り家派の何倍も考える必要があると思います。

金利と投資機会

 持ち家と借り家でシミュレーションをすると、思いっきり大ざっぱに言えば、どっちもだいたい同じになります。というか、そういう記事は最初から同じになるような条件の物件を想定して比較しています。

 さらにいえば、ここでは「こっちのほうが百万円得です」みたいなことが言いたいのではないのです。それは物件選びとかコストに何を含めるかとか、シミュレーションのさじ加減で、かんたんにひっくり返せるから。そうではなくて、損得は同じという前提でも、どうしても異なってきてしまう、差異の部分だけをここで考えたいのです。

 さてそこで、シミュレーションの額面的な損得は同じだとしても、35年後とか遠い将来に物件が残ったぶん得だというのが、持ち家派の理屈です。「同じ家賃を払うなら、物件が残るぶん得」「借り家賃は捨て家賃」はよく聞く持ち家派の決まり文句ですね。ただし、この「得」はそのまま結論になりません。なぜか?

 ひとつには、借り家派はローンの金利を銀行などに取られないので、そのぶん何らかの投資をし続けて増えたぶんで、35年後とか遠い未来に物件を買えば同じだろうということです。それは株やFXで派手に大もうけする、といった話ではありません。年数%の利益が出せればいいので、たとえば株の配当や優待(による生活費の節約)とかでもいいですし、金利しだいではたんなる貯金でもいいと思います。

 というのもたとえば、35年後には4000万円が800万円とか、もっと悪くすると上物代ゼロとか、建物の価値は減価償却的に下がっていきます。また建て直しやリフォームや固定資産税の費用が引かれます。

 つまり、持ち家の資産はだんだん小さくなっていき、借り家の貯金もだんだん大きくなっていく。だからさかのぼって、将来を見越した「割引現在価値」で考えたとき、両者の選択肢はそんなに違わないだろうということです。

 ただ、持ち家派の言い分としては、リフォーム費とかどんな費用があろうとも、「費用は家賃に織り込み済みのはず」「損をしないよう、借り家より必ずプラスになるように、家賃を設定しているだろう」、というのがあります。現実の大家さんは税金対策で不動産を持っていたりして、かならずしもそれが成立するわけではありませんが、考え方としては分かりやすいです。

 そこで、借り家よりプラスになるような持ち家物件があるとしましょう。しかし……

リスクプレミアム

 もうひとつ、持ち家の「得」は、「リスクプレミアム」との引き替えで成立していることを見落としてはいけません。

 リスクプレミアムというのは、リスクのある投資対象とそうでない対象の間での期待収益率の差です。ようは、それがなければ、リスクのあるぶん買われないだろうから、損する可能性に対する見返りをつけようということです。

 リスクとして考えられるのは、いろいろあるでしょう。たとえば、震災や津波などの自然災害、原発事故とか。しかし、それらはコントロール不可能だし予測も不確実です。心配したからといって解決できない。

 そこで、もう少し予測可能性の高い、あるいは個人によって条件の違う要因を見てみましょう。

少子化による下落

 ひとつは、物件の価値が保てるかどうかです。少子化による人口減少で相場崩壊を起こして値下がりしたときに、持ち家はローンで身動きが取れませんが、借り家だとその時点で持ち家に乗り換えられる可能性があります。逆に持ち家から借り家側へと動くのは、損をしないでは難しいです。

 もちろん、不動産価格が上がる可能性というのもあります。しかし、人口減少は確定的要素で、子供は急に増やせないものなので、上がるか下がるかの二択なら、下がる可能性のほうが強いと見ています。ただしたとえば、インフレになる場合、移民を受け入れて人口が増えた場合、土地や建築資材が不足した場合*3、その限りではありません。

 ただまあ、相場の予想は当たることも外れることもあるので、次のほうがより重要です。

ローンの返済能力

 もうひとつは、持ち家の買い主が借金を返済できるかどうかです。冒頭で言った年収とか損得だけで決めてはいけない、というのはこのことです。持ち家か借り家かの最重要の基準は「返済能力」だと考えています。

 かりに持ち家のほうが得なのだとしても、それは暗黙のうちに、返済完了できることが絶対条件になっています。新築不動産を購入した瞬間、新築から中古に変身して、評価額が何割か何百万円かは下がります。しかも、売買には仲介料のような費用があるので、ミニバブルでも起きない限り、途中で売って元を取り戻すのは難しいです。

 年収については、高いほうがリスクがあります。これについては、年収は高いほうがいいに決まっている、と違和感を覚えるかもしれません。同じ額の物件を購入するならそうですが、年収に見合った高額物件を買う場合は違います。

 年収が高いと失職した際に元の賃金を得るのが難しくなります。年収500万円の人が500万円の職に就職・転職するよりも、年収1,000万円の人が1,000万円の職に就職・転職するほうが難しいです。また一般的に不動産以外の出費や税金も高収入の人のほうが大きいです。

 物件もまた立地条件などにもよりますが、高いほうが売ったり貸したりするのも難しい。バブル崩壊で下落した不動産を振り返って見れば、高いほうが下落幅が大きいのも分かりやすいでしょう。

 ちょっと極端な例ですが、ヒルズ族のような金持ちたちが、月何十万円もする賃貸に住むのはなぜか*4と考えれば、年収とリスクは別のモノサシだと分かると思います。

 少なくとも、年収が高いほうがリスクが少ない、年収が高い低いで持ち家か借り家かが自動的に決まる、という考えは短絡的で危険です。まあ全額キャッシュで買えてローンがない物件なら低リスクですが。*5

 実際に住宅ローン破産する人が一定の割合(約2〜3%*6)いる以上、不確実な将来を予測するのは難しさが残ります。とくに変動金利のローンはリスクが高いです。

 終身雇用や正規雇用も崩壊した現在、年収が将来下がっていく可能性もあります。そうしたときに借り家派は、狭かったり駅から遠かったりで、より家賃の低い家に借り換えることができます。前述の災害時などの場合も、引っ越しで逃げられます。自由度が高いのでリスクに柔軟に対応できます。

 ようするに、借金することのリスクがあるのです。かりに持ち家のほうが100万円得だとしても、たとえば定期貯金の積み立てとか、なんらかの投資で同じ100万円が得られるなら、同じ100万円でも借金をせずリスクが低いぶん得だと思います。金額のように目に見える顕在的な得と、リスクのように潜在的な得があるので、分かりにくいのです。

賃貸派は老後をどうするのか?

 本筋の議論をしたかったので省きましたが、このほかの論点はもちろんたくさんあると思います。転勤とか家族構成の変化とか。あるいは、よく言われる「借り家は釘一本打てない」のような改築・内装の変更に対する自由度とか、庭があったりする住環境とか、地域における社会的ステータスやヒエラルキーとか。その共同幻想の根本にある持ち家信仰とか。

 全部話すとキリがないので、それらを網羅的には取り上げません。ここでは、今までの論点を補完するものをひとつだけ挙げてみましょう。借り家派の側にリスクがまったくないかといえば、「老後に借りられなくなる恐れ」が考慮できると思います。

 これについてひとつには、持ち家派の「建て替えができずに身動きが取れなくなる恐れ」と見合いなのではないかと思います。マンションの場合、住人の合意が取れるかなどの問題もあります。

 またひとつには、前述のように少子化の流れなのだから、いつかは「年寄りは面倒なので貸さない」という大家の対応が取れなくなって、貸さざるを得なくなってくるのではないか、と予想しています。

 さらにひとつ、借り家派はローンがないため金利が取られないので、「購入したと思って少しずつ貯金を積み立てる」ことによって、老後に家やマンションを買う選択肢もあると思います。かりに貸してくれないとしても、そのときにはじめて買うという戦略です。

 老後持ち家派のメリットは、ローンと違って返済でないので破産しないこと、家族構成からいって小さい家で済むこと、死ぬまでの逃げ切りで建て替えを想定しないで済むこと、年金暮らしであれば通勤が関係なくビジネス街から遠くても済むこと、などいろいろ考えられます。ひとことでまとめると、安く上がります。

持ち家か借り家か

 さて、最後にまとめ直しますと、持ち家か借り家かを分ける基準は、リスクを取れるかどうか、長期的な返済能力があるかどうかです。

 たとえば企業でも、キャッシュフローが回らなければ黒字倒産という可能性があります。ですから、損得よりもまず、先にそちらを考えるべきです。返せなければ得はかんたんに吹っ飛んでしまいます。

 そしてその際、たんに年収の高さだけでなく、それが持続可能なのかを想定する必要があります。年収は一年の単位ですが、返済は25年とか35年とか続くわけです。

 今からそれくらい前の時代はバブル期だと思いますが、その時代の投資家は「土地は上がり続ける」などと思っていたわけで、20〜30年先の将来を見通すのは難しさがあると思います。サブプライム住宅ローン危機だって、事前に予測できなかったから問題化したんだろうし。

 もちろん、将来の年収が下がったりだとか、リスクの想定は不快なのでしたくない。家を売りたい営業マンも商売だから言ってくれないでしょう。とにかくハンコを押させたい。あるいは、奥さんが返済について真剣に考えてくれないかもしれない。おもに近所づきあいとか子供のことを考えてるでしょう。しかしだからこそ、かならず自分で想定する必要があります。

 その際の基本方針を分かりやすくたとえると、不動産屋の売る立場でなく、金融業者の貸す立場で、自分を客観視するということです。クレジットカードを発行する基準が年収だけでないように、返済能力が持続可能かどうかを考えます。

 非正規雇用が増加したことで、ひとつの大きな目安としては、正社員かどうかがあるでしょうし、将来的にはそれが公務員かどうかなどに移ってくるかもしれません。

 しかし、その基準を深く考え出すと、どうしても不動産というより社会問題の領域になってくるので、この記事はここで終わりとさせていただきます。

付録:変動金利 VS 固定金利

 本文は借り家派の視点で進めてきましたが、もし自分が持ち家派に回った事態を想定して、とくにローンを組む場合の変動金利と固定金利について触れます。新たに一本エントリを立てるほどでもないので、この付録で解説しておきます。

 変動金利と固定金利をくらべると、変動金利のほうが得です。たとえば、返済額が月1万円安かったりします。しかし例によって、この得はリスクプレミアムによる得です。金利が変動するリスクの代償として、そのぶん安くなっているのです。

 変動金利は借り手がリスクを負い、固定金利は貸し手がリスクを負います。今までリスクが重要と力説してきたのだから、ここでとうぜん私は、リスクを負わない固定金利の側に立ちます。

 なぜそうすべきかのイメージとしては、「株は余裕資金で運用すべき」といったことと同じです。株が紙くずになる場面はよくありますから、「こんなに安くなるはずがない」などと勝手に決めつけるのは、それ自体がリスクです。

 もし、持ち家をローンで買おうという方がおられたら、金融機関の融資限度額ギリギリでローンを組んだり、変動金利で組んだりするのは、危ない橋を渡ることになります。

 そうではなく、返済にかなり余裕を持たせて、かつ固定金利で買うことをオススメします。買いたい家に返済額をギリギリまで合わせるのではなく、可能な返済ペースの枠の中で買いたい家を探すほうが安全です。

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持ち家VS賃貸 どっちがお得!?

持ち家VS賃貸 どっちがお得!?

*1:GDP帰属家賃が含まれていたりするので、これをどう解釈するかはいろいろあるでしょうが、ここでは説明のためだけのものです

*2:上の図式はコメントで指摘を受けて、何回か手を入れ直しました。もちろん、担保がどうとか、税金がどうとか、ほかにもいろいろありますが、シンプルに把握するために捨象しています

*3:土地の不足というのはたとえば原発事故とかが想定できます

*4:まあもちろん賃貸も購入もいるし、その理由もさまざまでしょうが、リスクリテラシーが高い、というのは想像しやすいでしょう

*5:たとえば、欠陥建築だった場合にまるまる損する場合があるので、全額購入といえどもゼロリスクではないですが

*6:数字がいくつかにはこだわりたくないですが、根拠は示しておきます。 http://blogos.com/article/86341/

なぜはてなの新サービスははてブに勝てないのか?

概要

 これははてな民の、はてな民による、はてな民のための、はてなのサービスを考えるエントリです。

終了したはてなの新サービスたち

はてなOne サービス終了のお知らせ
はてなまとめ(サービス終了)
「はてなOne」「はてなまとめ(仮)」「はてなハイク2(仮称)」「はてなリング」と、一部のラボサービス終了のお知らせ

サービス開始以来、ユーザーの皆さまにご利用、ご愛用いただいてきました「はてなOne」「はてなまとめ(仮)」「はてなハイク2 (仮称)」「はてなリング」と、8つのラボサービス(16x16、はてなSNSはてなWordLinkはてなわんわんワールドはてなニュースはてなボトルはてなロクロはてな検索プラス)ですが、2012年10月1日をもちまして終了させていただきます。

 これは近年の一例だが、Webサービス企業のはてなが立ち上げた新サービスのうち、はてブはてなブックマーク)ほど長く続くものは少ない。

 なぜ、新サービスはうまくいかないのか? 逆に言うとなぜ、はてブはうまくいったのか? 他社サービスと比較すると、資本がどうこう、技術がどうこう、と複雑で難しい話になる。それも重要だろうが、私はただユーザ視点で話したいので、はてブと比較して考えたい。

なぜはてブはうまくいっているのか?

資料を必要とする層

 はてブとはソーシャルブックマークのことだが、はてブの利用者にはブックマークとして実用的に使う人と、ソーシャルメディアとして自己表現のために使う人、大きく分けてふたつの流派がある。

 前者については、はてなを使う層ととても相性が良かった。はてならしい利用者の典型がITエンジニアだろうが、彼らは機械を相手にする都合上、大量の資料が必要になる。

 もちろん、全員がエンジニアではないが、対象がITだろうと一般ビジネスだろうとサブカルだろうと、はてなユーザが何らかの資料を必要とする層と重なるのは想像しやすいだろう。

 ネット上の情報を整理しようとするとき、それほど使えるツールに選択の余地がない。たとえば、Webブラウザのお気に入りはすぐあふれてしまい使いにくい。そこで、デフォルトのツールの座にうまく収まったのだろう。

SNSを好まない層

 後者のソーシャル的に使う層について、ソーシャルメディアSNS掲示板など、他にも選択の幅が広いのに、なぜはてブを使うのだろうか?

 それは、マジックミラーのように一方通行型のメディアだからだろう。はてブがメタな視点のメディアだという話は、はてな界隈では昔からよく言われていた。

 ブログのコメント欄とはてブのコメント欄の違いとして、相手から見返されるかどうかがある。ブログのコメント欄はチェックするだろうが、はてブの存在は認識していない可能性がある。

 もちろん、はてダ(はてなダイアリー)やはてブロ(はてなブログ)のブロガーならはてブを認識しているだろうが、ブログのコメント欄と違ってはてブだと文字数が限られるので、本人が同じ分量で反論できないという制限がある。

 より細かいことを言うと、ブログのコメント欄には「書いてあげる」とか「書かせてもらう」とかいう心理的意味づけがある。はてブを使ってるときには、この敷居をまたぐアウェイ感がなく、ホームグラウンドのままで書ける。

 また、これと対照的に、はてなユーザSNSを好まないのではないかと思う。逆にもしSNSが好きだったら、冒頭で示したように、なぜ「はてなSNS」「はてなOne」などのSNS系サービスが終了してしまうのか、という疑問が残る。

 SNSでは相互的なコミュニケーションが行われるが、「SNS疲れ」という言葉もあるように、それだと精神的な負担が大きい。SNSは他者と正面からじかに向き合い、見つめ合ってしまう。*1

 はてなユーザをゲーム風にたとえて言えば、賢さが高かったりいろいろな魔法を知っていても、精神攻撃には弱い。*2そのため、SNSを好まないのではないか? だから、はてなのユーザはマジックミラーのような一方通行の距離感を好むのではないか?

 それに、はてなユーザが好みそうな分野、たとえばプログラミングにしろ、アニメやゲームのキャラ(の鑑賞)にしろ、基本的に一方通行のコミュニケーションだ。

 つまり、はてブは心の壁になってくれるので、はてなユーザに好まれているのではないか。

はてスタによるはてブのゲーム化

はてなスペース

 はてなではSNS系路線のサービスが作られ続けてきた。前述の「はてなONE」の後を継ぐような形で、「はてなスペース」というサービスが始まっており、はてな運営はSNS化の野望を捨てていないようだ。

 もちろん、はてなの運営には、マーケティングのようなさまざまな思惑があるだろう。一方で運営の都合だからといって、ユーザのニーズを無視してうまくいくわけでもないだろう。

 ではどのようにすればいいのか?

 たとえば、私が良いと思う既存のサービスに「はてなスター」(はてスタ)がある。導入直後にはいろいろ言われていたし、これが直接マネタイズにつながるかというと疑問だが、一ユーザとして素直に良いと思う。

 はてな界隈にはてスタがないと、優越感ゲームばかりが目立ってしまい、殺伐とし過ぎる。はてスタは、はてダやはてブほどのメインディッシュではないけど、気の利いた飲み物とかデザートに相当すると思う。

 はてスタの良いところは、はてダやはてブなど他のはてなサービスの上に乗って価値を増すところだ。とくにはてブにとって大きい。はてダにははてブの数という評価基準がすでにあったが、はてブにもはてスタという基準が作られた。

 みんながそのように使っているわけではないが、はてスタの意義を分かりやすく説明するためにあえて言えば、はてブをはてスタを取るゲームとして遊べるようになった、ということだ。ある種のソシャゲのようなものかもしれない。

一方通行の組み合わせ

 はてスタは一方通行型のコミュニケーションツールだ。また他サービスで言えば、ツイッターは一方通行的だ。フォローも一方通行で、SNSの相互承認タイプのフレンドシステムよりかは気軽だと思う。

 ツイッターのようなミニブログの「はてなハイク」は今でも続いているので、SNSよりミニブログタイプのほうが、はてな民の気性に合っているのだと思う。はてブもコメントの部分はミニブログ的な性格がある。また、じつは前述のはてなスペースも、はてなハイクの構造と共通する部分は見いだせる。

 そして、ツイッターのようなミニブログタイプのものは、APIやツールを組み合わせて利用したほうが上手くいくと思う。たとえば、ツイッターに対するトゥギャッターのように。どういうことか?

 たとえば、「NAVERまとめ」のようなキュレーションサービスで「はてなまとめ」というものがあったが、これも終了してしまった。個人的には、ツイッターに対するトゥギャッターのように、はてブのブクマを加工するとまとめができあがる、というタイプのものが欲しかった。

はてなブックマークは「RSSリーダー」の開発に取り組んでいきます

RSSリーダーはてなブックマークをシームレスにつなげていくことで、サービスがより便利になるのではないか

新サービス「大チェッカー」をはてラボにリリースしました

大チェッカーは、みんなで作るアンテナサービスです。

大チェッカー

 私が考える方向性とは異なるかもしれないが、こういう予定もあることをいちおう紹介しておこう。はてブに対する「RSSリーダー*3、「はてなアンテナ」に対する「大チェッカー」と、おおざっぱに言えば既存のサービスと連携するタイプのサービスの話ではある。

 私のイメージではあるが、オールインワンのSNSをドンと用意されて、それをはてな民がみんな使う、というところを想像できない。はてブにはてスタがなじんできたように、別々のツールが組み合わされ、選択され淘汰されて、自然に発展していくほうが想像しやすい。

 だからタイトルまで戻って言うと、SNSを出してもはてブに勝てないのなら、はてブを拡張的に使う方法を考えればよいのではないか。

 最後にまとめると、SNSのような特定の人物と見つめ合うタイプよりも、マジックミラー型のツールを組み合わせたメディアのほうが、はてな民好みではないかと思うのだが、いかがだろうか?

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*1:これはもちろん、ネット上で比較しての話で、現実で会うことと比べたらじかではないが

*2:具体例を挙げるのに事欠かないが、想像にお任せしよう

*3:終了した「はてなRSS」とは別物

国の借金は税金と同じで、国債を増やせば税金が増える

概要

 「国の借金が1000兆円」という話題があります。しかしネットでは、「国債は資産だから、むしろどんどん増やせばいい」という意見もあります。これは本当でしょうか? そこで、国債とは何か説明していきましょう。

主張

国債と税金は徴税のタイムラグに過ぎない

命題:国の財政は、税金と公債のどちらで払っても、負担という点では基本的に変わらない

 まず最初に、結論を一言でいえば、「国の借金」(国債などの公債)は、税金と同じです。

 だから、国債を増やすというのは、税金を増やすことと実質的に変わりません。上の記事で書いたように、どういう形であれ最終的には国民が負担します。

 国の借金(国債)は税金と同じ。借金が増えれば、(将来的な)税金も増えます。

 シンプルな話ですよね。税金にしろインフレにしろ、借金はいつか必ず清算されます。だから国民の負担という点では、国債と税金は変わりありません。

 国債と税金が違うのは払い方の違いです。負担という点では同じです。商品を買うのに、現金で買ってもクレジットやローンで買っても、結局は負担ですよね。

 公債というのは「予約された徴税の権利」、つまり税金のローンを分割払いするようなものです。国債が1000兆円あるなら、同じだけの税金または歳出カットが確定しています。

 だから、いま国の借金が1000兆円ということは、将来的に税金が1000兆円かかるということです。国民ひとりあたり約780万円の税金を払うことが確定しています。

 なお、税金ではなく紙幣を刷ってインフレにしても、資産転移による実質的なインフレ税であって負担は変わりません。消費税がイヤならインフレでも払えますが、負担という点では同じことです。

 「家庭内の借金のようなものだから問題ない」「バランスシートが釣り合っているから資産でもある」「お札を刷ればいくらでも返せる」などと、色々なことが言われていますが、結局はなんと言おうが借金は借金。

 公債の実体は税金の徴税タイミングのズレに過ぎないのに、なんとなく税金より軽いとか、それ自体に価値があるような錯覚を人は覚えます。しかし、理論上は税金との差や公債自体の価値はゼロです。

 「いくらでも税金を増やせ」という人はほとんどいませんが、「いくらでも国債を刷れ」という人はもっといます。「いくらでも紙幣を刷って国債を返せ」という人はそれよりもっとたくさんいるでしょう。しかし、これらは本質的には同じことなのです。

 借金や税金がいくら増えても大丈夫、と考える人はいないでしょう。でもなぜか、国債ならいくら増えても大丈夫だと錯覚してしまう人がいます。これが財政錯覚。

 「国債分の税金が浮く政策がある」と考えるのは、とても甘いと思います。もし、それができるなら、無限に国債を発行して、無税国家を実現すればよいでしょう。そんなうまい話はありません。

 紙幣と同じように、国債自体は財ではありません。使用価値がなく、交換価値しかありません。だから、財政規模や実体経済の成長に見合った分しか刷れません。

 国債はいくら刷っても大丈夫だ、というのはバブルの論理です。借金をしてでも土地や建物を買え。借金をしてでも株を買え。借金をしまくって膨らませたほうが儲かるんだ。しかし、現実にはどこかで破綻します。

 「国の財政は家計とは違うから大丈夫だ」などと言って、国の徴税権や通貨発行権を強調する話はよくあります。しかしそれは、いざとなれば国民から財産を没収すればいいと言っているに過ぎず、それでは国家は破綻しなくても国民が破綻します。

 「国債なら大丈夫」という論法は、「朝三暮四」の故事を思いださせます。公債三・税金四の割合で財政をまかなおうとすると反対が多い。そこでこれからは、公債四・税金三でまかなうことにしよう……。

リフレなど現在の政策との関係

 こんなことを言うと、「消費税増税を押し付けようとしているんだ!」などという声があるかもしれません。もちろん、税金は国民にとってイヤなものです。

 しかし、国債を押し付けられた時点で、あとはいつ払うかという税金のスケジュールの話でしかないのです。インフレで払うとしても、それは支払い方法の話でしかないのです。

 だから、そもそも国債をかんたんに増やしてはいけないのです。税金やインフレで支払う段階になってからではどうにもならない。

 増税がイヤなら歳出カットやインフレでもいいですが、どのみち国民の負担なのは変わりません。だから、かんたんに借金を増やしたらいけません。借りはよいよい、返すは怖い。

 重要なのは、目の前の税率や景気ではなく、長期的な財政再建構造改革なのです。

 たとえば、200兆円の公共投資というのは、200兆円の税金です。国債で払っても200兆円の税金と同じです。ひとりあたり150万円の負担になります。公共投資景気対策だろうが何だろうが、必ずそれが必要かどうかを判断しなければなりません。

 ただし、誤解されそうな点を断っておきます。ひとつ目は、インフレターゲット(リフレ)が成立するかどうかは状況によりますが、デフレから脱却するまでの短期的なリフレ政策は有効かもしれません。

 もしマイルドインフレが可能なら、リフレが一番いいとさえ思っています。でも、実際はリフレ派が考えているより実現が難しいです。また、それは財政赤字を削減するための手段であって、際限なく国の借金を増やすだけの方便にしたらダメだとも思っています。

 私自身、インタゲとかリフレに興味があって、経済学者の主張に目を通してきました。リフレはデフレギャップを埋めるまでの話で、インフレ達成後は別の政策が必要だというのは、まともなリフレ派自身も言っていることです。ネットではいつの間にか「借金はいくら増やしてもよい」という話になっていますが。

 もうひとつは、構造改革には傷みがともなうので、セーフティネットを整備することが非常に大事だと思います。私はセーフティネットが重要だと思いますが、それは構造改革セーフティネットか、どちらかの二択ではありません。

公債の中立命題についての補足

命題:国の財政は、税金と公債のどちらで払っても、負担という点では基本的に変わらない

 なお、議論を単純化するために、この命題の証明はしませんでした。これは経済学でいう「公債の中立命題」を元ネタに単純化したものです。

  公債の中立命題が成立するかどうかは、経済学者でも賛否が分かれています。複雑になるので細部には踏み込みませんが、この命題が成立するかどうかは、いろいろな条件が必要になります。

 たとえば、このテーゼをパッと見ると、公債は利払いがあるので、税金より公債のほうが支払いが膨らむのではないか、という単純な疑問が浮かぶかもしれません。

 これについては、元ネタのほうでは、国民は浮いた分の税金を将来の課税に備えて貯金するので、同じだけ利子が生じて打ち消す、というような説明になっています。

 しかし、現実の経済では、人間が経済合理的に行動するという前提も成立するとは限りません。それに、公債で払うと財政規律の低下や利払いによる財政硬直性、世代間格差が生じがちです。

 財政削減は官僚が反対、増税は国民が反対、という公共選択のメカニズムで、公債による財政赤字が選ばれがちです。現にバブル崩壊後、一貫して財政が悪化しています。

 だから、公債より税金で払ったほうが、長期的に財政が健全化する、と私は考えています。

 つまりじつは私自身、単純にこの命題を100パーセント信じているわけではありません。理論上は税金と公債の差はゼロですが、現実には公債に金融不安というマイナスのリスクがあると思います。

 現実の経済には資金繰りや破綻リスクというものがあります。現段階では財政が短期間に破綻するリスクはまだ低いと思いますが、けっしてゼロではありません。

 リフレ派の中でも、財政政策重視でケインジアン寄りのリフレ派は、財政出動をともなった公債にマクロ経済効果によるプラスの効果があると思っているふしがあります。しかし、公債の中立命題あるいは「合理的期待形成理論」が成立するなら、「非ケインズ効果」も生じます。

 一方、金融政策重視でマネタリスト寄りのリフレ派もいて、私がリフレもいいと思うというのはこちらに近いです。リフレが金融緩和だけでできれば一番いいですが、現実には金利上昇による国債価格の下落や利払いの上昇というリスクがあります。

 最後になって経済理論の細かい論点になってきましたが、詳細な議論は別の機会にゆずります。この記事で私がもっとも批判したいのは、「国の借金はむしろ財産だから、いくら増やしても問題ない」というレベルの話です。

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